2010年ワールドカップ(W杯)まであと2年。かつては入手困難だった日本代表戦のチケットが、完売どころか、スタンドに空席が目立つ異変が起こっている。5月27日のパラグアイ戦では、埼玉スタジアムの過去最低入場者数(2万7998人)を記録。日本サッカー協会の川淵三郎会長も「原因を分析して、見に来てもらえるように今後努力するしかない」と危機感をあらわにした。パラグアイ戦当日のサポーターや、識者の声を聞き、代表の進む方向性について検証した。(占部哲也)
酒場も冷ややか
浦和レッズの試合日は、開店2時間前にはサポーターの長蛇の列ができるという居酒屋「酒蔵力」。日本代表の試合でも、以前は店内に入りきれないほどの人が詰めかけていたという。しかし、この日、店内のテレビは日本代表―パラグアイ戦が映し出していたが、その画面を注視する客は疎らだった。ビールを片手に、なごやかに談笑する客が圧倒的多数の光景に、川口市内の男性会社員(60)は「15年間この店に通ってきたけどこんなのは初めて」と、目を疑った。副店長の今井さん(29)も「ちょっとおかしいね」と首をひねる。埼スタの入場者は3万人を切っていたが、スタジアム外でも代表人気はすっかり冷え込んでいた。
店内にいた人々の視線はシビアだ。「埼スタはけっこう歩くし、行きにくいのよ。レッズなら行く気も出るけど代表じゃーね」と女性会社員(42)。平日の夜、愛着ある浦和の試合ならスタジアムまで足を運んでも、今の代表ではそこまでには至らない。この試合には浦和の闘莉王、阿部、鈴木が出場し、ウォルフスブルクに移籍した長谷部の凱旋(がいせん)試合だったにもかかわらずだ。
23年ぶりの代表観戦を前に、店に立ち寄った浦和サポーターの男性会社員(44)は「レッズ戦なら顔見知りがいて、試合を観にいくというより、みんなに会いに行くのが目的になった。もう習慣だね。きょうは暇だし、チケットが余ってると聞いて行こうかなと思った」と笑った。また、別の男性会社員(30)は冷静に語った。「キリンカップはテンション下がる。勝っても負けても変わらない。代表が強いのだったらいいんだけど…。W杯予選とかだったら違う。中田英やベッカムみたいなどうしても見たいスターもいない」と不満をもらし、会社の同僚との会話に集中した。
そこにかつての「熱」はなかった。「昨年までは、代表のユニホームを着て応援するお客さんもいた。でも昨年、浦和がACLを制して、クラブW杯で世界と熱い戦いを見せてくれたからかな」。今井副店長がぽつりとこぼした。クラブでも世界の一流と戦う味を覚えてしまった浦和サポーターには、親善試合ではもう刺激が足りないようだ。
ファンの欧州化
国内での日本代表の入場者数をみると、W杯初出場を果たした1998年以降は減少傾向にある(別表1参照)。98年は年間平均5万5281人、2000年には同4万6022人まで落ち込んだ。その後、02年の日韓共催W杯で盛り返し、05年まで同5万人前後を維持していた。しかし、ドイツW杯で惨敗した06年になると、前年比で約6000人も少ない4万4503人に急減。06、07年と観客数の減少に歯止めがかかっていない。一方、Jリーグは99年1試合平均8763人だったのが、07年には1万2578人と盛り返している。
客観的な立場で、現在の状況を見る識者の意見はどうか。ファンの心理を研究する京都教育大の杉本厚夫教授は「サッカーファンが2極化してきた」と指摘する。地域クラブのファンと、衛星放送のBSやCSの普及で欧州サッカーを観るファンに分かれ、日本代表を選択肢にするファンが減ってきた。そして「日本代表の抱える問題点は3つ」とも。
(1)日本代表の目標が分かりづらくなった。02年までならW杯出場、06年W杯は世界でどこまで戦えるのかという目標があったが、今は目標が分からずファンも感情移入して応援できなくなっている
(2)ファンはスタジアムに試合を観に行くのではなく、応援のパフォーマンスを楽しむためにいく。Jクラブの応援が洗練されてきて代表の応援にいく必要がなくなった。
(3)一流のサッカーを見たいコアなファンは海外サッカーを見るようになった。
「日本のサッカーファンは欧州型になりつつある」とも指摘。国の代表戦よりも愛着ある地元クラブの戦いに熱狂的になる欧州ファンのようになったという。ACLやクラブW杯に熱くなる浦和ファンはその典型だ。またスターが生まれない現状に、「サッカーファンの目が肥えてきた。メディアが選手の技術や精神面でのすばらしさをちゃんと解説できるようにならないと」と手厳しい意見も。メディア側が安易にスター扱いして選手を持ち上げても、本物の目を持ち始めたファンには通用しない。
「今までが恵まれすぎていた」
別のとらえ方もある。「今まで悩まないでも客が入ったのが異常だった。恵まれすぎていた。発想を変える時期にきている」。スポーツマーケティングの観点から語るのはスポーツ総合研究所の広瀬一郎所長だ。
「集客を見込む興行と、代表強化のための試合を分けて考えるべき」と話す。同じキリンカップで愛知・豊田スタジアムで開催されたコートジボワール戦(5月24日)の入場者数は4万710人と、その後のパラグアイ戦(埼玉スタジアム)よりも約2万人も多く、首都圏と地方の動員力の逆転現象が起こっていた。強豪国との対戦やW杯予選の佳境の試合であれば、首都圏での開催でも以前のような集客は見込めるが、それ以外の試合では厳しそうだ。
だが、W杯アジア予選を戦う日本としては、強化のためにアジアや強豪国以外との対戦は必要と強調。その上で「(エンターテイメントの)ソフトが豊富ではない場所での開催をもっと活用すべき」と話し、強化を優先させるのであれば大分、豊田、新潟(別表2)など安定して集客の見込める地域での開催を検討すべきと指摘した。また、季節、相手、曜日、アクセスなどの条件を分析し、開催地を決める必要性を説いた。
暗中模索の協会
では、日本サッカー協会は、代表の不人気をどうとられているのか。加賀山公事業部長は「相対的に考えれば減っている。きっちりしたアプローチが必要」と話す。協会事業部は1年半前から、代表戦のスタジアムで400人を対象にアンケートを実施。観戦者の年齢や会場までの移動距離の特性や、運営に関する意見を集めたが、いまだ分析中だという。また、インターネット上で、観戦に訪れない人たちの意識調査も計画中だが、取り組みはまだ始まったばかりだ。
また、代表戦を開催する地域で選手との交流や写真展などのイベントを検討中といい、同部長は「代表は、国民がみんな愛して応援できるチームにしたい。ピンチをチャンスに変える機会として、いろいろなことに挑戦したい」と語るが、まだまだ具体的な人気回復のイメージは描けていない。いずれにしても後手を踏んでいるのが現状だ。マーケティングの観点からのアプローチには着手しているが、それはあくまで枝葉の話。幹となるモノがなければ「熱」は発生しないのではないだろうか。
夢が見られない…
「夢がない」。サポーター、識者がともに口にした言葉だ。日本サッカー協会は、2015年までに世界のトップ10に入るという中期目標を掲げているが、2010年W杯へ向けての具体的な目標などは不透明。今の日本代表では、共有した目標に向かって夢を託し、応援することができない。サポーターの多くが、そこに困惑を覚えているようだ。「代表を見たくないわけではない。早く心から応援できる代表を見たいだけ」。居酒屋「酒蔵力」で酔った若者が腹の奥底から声を振り絞った。代表への期待は、くすぶっている。
右肩上がりの成長を遂げてきた日本代表が、06年W杯で初めて壁にぶち当たった。その後、オシム前日本代表監督が打ち出した「日本サッカーの日本化」計画も志半ばで頓挫。日本代表は今、迷走しているようにみえる。「日本サッカーの進む方向性は何か」「日本代表が目指す具体的な目標は何なのか」。まずは、ファンを振り向かせる第一歩として、サッカー協会は強化を含めた明確な指針を示すことから始めるべきではないだろうか。
この記事を印刷する