「金色のガッシュ!!」雷句誠が小学館を提訴

提訴の背景にある憤りと法的主張のバランスが重要

林田 力(2008-06-09 09:20)
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 人気漫画「金色(こんじき)のガッシュ!!」の作者、雷句(らいく)誠氏は2008年8月6日、原画を紛失されたとして、小学館に330万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。公開された雷句氏側の主張・立証内容には裁判を進める上で有的な点が見られる。

 「金色のガッシュ!!」は小学館発行の漫画雑誌「週刊少年サンデー」に連載された漫画である。連載終了後に雷句氏が原画の返却を求めたところ、カラー原稿5点の紛失が判明した。紛失原画に対する賠償金額の交渉が折り合わず、提訴に至った。雷句氏は提訴日に自己のブログ「雷句誠の今日このごろ。」において訴状と陳述書(甲第13号証)を公表した。

 訴状では原画紛失に対する損害の賠償を裁判の争点として明確化した。一方で雷句氏自らが執筆した陳述書には提訴に至るまでの理由がまとめられている。この中には原画紛失とは直接結びつかない出来事も書かれている。訴状では法的主張に絞り、陳述書では紛争の背景を広範に説明する2本立ての構えである。

 記者は購入したマンションの売買契約を取り消し、売買代金返還を求めて東急不動産を提訴し、東京地裁で勝訴判決を得た(参照「東急不動産の遅過ぎたお詫び」)。

 この裁判で記者が採った戦術も2本立ての構えであった。すなわち、訴状や準備書面では法的主張(消費者契約法第4条第2項に基づき売買契約が有効に取り消されたこと)に特化し、陳述書では東急不動産や販売代理の東急リバブルの不誠実さをアピールした。くしくも雷句氏と類似したことになるが、この方法は裁判において有益であると考える。

提訴の動機は尊厳の回復

 雷句氏自らが執筆した陳述書は提訴に踏み切るまでの理由をつづったものである。編集部員の非協力的でけんか腰の態度や社会人としてのマナーのなさに始まり、さまざまな出来事が述べられている。一貫しているのは「小学館と、その編集者が漫画家を見下している」という雷句氏の憤りである。これが提訴の根本的な動機であることが理解できる。

 裁判の一義的な目的は法的紛争の解決である。しかし、一般に人は権利侵害があったというだけで訴えを起こそうとはしない。記者が東急不動産を提訴した動機も、一生に一度あるかないかの大きな買い物で、売ったら売りっぱなしで客を客とも思わない態度を取る東急不動産および販売代理の東急リバブルへの怒りが大きな割合を占めていた。だから雷句氏の憤りは痛いほど理解できる。
 記者の裁判は問題物件を売り逃げした東急リバブル・東急不動産に対する消費者としての尊厳を回復するためのものであった。同様に雷句氏の訴訟も漫画家としての尊厳を回復するためのものと言える。これは記者の推測になるが、一般の人が裁判を起こす場合はむしろ、このような背景がある場合の方が多いように感じられる。

 提訴に至った憤りについて陳述書という形にすることは非常に重要である。前述の通り、裁判の一義的な目的は法的紛争の解決である。従って裁判による解決は権利義務の明確化という形にしかならない。このため、憤りを抱く当事者にとって容認し難いことであり、支持するつもりは毛頭ないが、裁判が権利義務の交渉・取引の場になってしまう場合があることは否めない。

 もし法的紛争の解決という直接的な課題にしか目を向けず、提訴の原点にある憤りを忘れてしまったならば、裁判は裁判官と原告・被告の代理人弁護士による談合の場に堕す危険がある。このような解決では裁判手続きから疎外された当事者には不満が残る。従って、たとえ「争点と直接関係ない出来事をいくら並べても、有利にならない」と言われたとしても、陳述書を証拠として提出することは意義がある。

 記者も裁判では陳述書において「不誠実な対応を繰り返す東急不動産の物件には住んでいられない」と強く主張した。それがあったからこそ、控訴審・東京高裁における和解協議の場では売買契約の白紙撤回、裁判官の言葉では「返品」が前提となった。それ以外の解決策は検討すらされなかった。

 また、東京高裁における訴訟上の和解で成立した和解条項には、和解調書の非公開義務や批判の禁止など原告(記者)の請求と無関係な内容が入る余地がなかった。これも感情的な問題が未解決であることを裁判官が認めた上で、訴訟上の和解の目的を純粋な法的紛争の解決のみに絞ったからである。

法的論拠の重要性

 これまでは提訴の背景となった思いを明らかにすることの重要性を述べた。以下では法的論拠の重要性を述べたい。繰り返しになるが、裁判の一義的な目的は法的紛争の解決である。

 いくら不誠実な対応を重ねられたとしても、それが具体的な権利侵害に結びつかなければ勝訴は困難なのが現状である。このこと自体が良いか悪いかという議論は別として、裁判の現実として押さえておく必要がある。不公正な扱いを受け、人間としての尊厳を回復するために提訴する人は多いが、棄却や却下(門前払い)に終わる例が少なくないのも、このためである。

 「これだけひどい扱いを受けたのだから裁判官も同情してくれるよ」という類の甘い期待は危険である。裁判という形式で解決を求める以上、法的主張は法的主張として、しっかり行う必要がある。

 雷句氏の裁判では、この点についても考えられている。恐らく雷句氏にとって「小学館は漫画家を尊重せよ」「小学館は反省せよ」というのが一番の要求になると思われる。しかし、それでは裁判上の請求にならない。

 訴状では原画紛失に対する損害の賠償と争点を明確化している。記者の裁判においても東急リバブル・東急不動産の不誠実な対応は原告陳述書においてさまざまな観点から糾弾したが、原告の請求としては消費者契約法第4条第2項の不利益事実不告知に基づく、契約取り消しの結果としてのマンション売買代金の返還請求一本に絞った。

 特に雷句氏の訴状で注目すべき点は原画の価額算定は前例がないため、わざわざ類似のカラー原稿をネットオークションに出品して落札価格を調べた点である。雷句氏側が裁判官を納得させるためのロジック提示の努力を怠っていないことを意味する。
記者も東急不動産と裁判をする前に、仲介業者に物件の売却価格の査定を依頼した。隣地が建て替えられ、日照・眺望が妨げられたことによる資産価値の減少額を把握するためである。この種の活動も勝訴には必要である。

 裁判においては提訴の背景になった憤りを明らかにすること、法的請求の根拠を示すことは車の両輪であり、いずれも大切なものである。前者を明らかにしなければ提訴の原点を無視した結末になってしまう危険がある。一方、後者がなければ勝訴は難しい。

 この意味で、陳述書では紛争の背景を明らかにし、訴状では法的争点を明確化する二本立ての構えは非常にバランスが取れたものである。記者にとって東急不動産との裁判は、問題物件のだまし売りで人生を狂わせる消費者が出ないことを願ってのものでもあった。同様に雷句氏も後進の漫画家の立場を向上させることを使命と陳述書で明らかにしている。裁判にかける雷句氏の、強い熱意が感じられる。

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