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【結いの心】

トヨタの足元(2) 『おごるな』戒めどこへ

2008年5月31日

「おごれる者は久しからず」。渡辺捷昭(かつあき)社長は入社式で新入社員を戒めた=愛知県豊田市内で

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 トヨタの恐れる「おごり」とはこのことか。

 数年前、自動車部品の梱包(こんぽう)用段ボールなどをつくる「中央紙器工業」(愛知県春日町)の本社応接室。当時、社長の合原美治(ごうはらよしはる)(66)は、目の前の課長クラスと見える男が「トヨタマン」だとは信じたくなかった。

 ソファにどっかと座り、足を組んでいる。「本社で決まったんでぇ、これだけお願いします」。無造作に置いた資料には、たやすくはないコスト削減額が示されていた。

 「(下請け)業者の立場で承ります」。合原はいったん頭を低く下げた。しかし、向き直って言ったせりふに怒気を込めた。「OBとして言わせてもらう。その態度は何だっ。出直して来い」。目を丸くして部屋を飛び出した彼は数日後、すっかり身を小さくしてやって来た。

 合原も元トヨタマンだ。入社は一九六六年。ちょうどトヨタを代表する車種「カローラ」が発売され、世界企業への足掛かりを築こうとしていたころ。当時の上司が口をすっぱくして言ったことが忘れられない。

 「(下請けの)社長がぺこぺこするのは、君らが偉いんじゃない。トヨタのカンバンがあるからだ」

 下請けに接待された場合は、料理代を見積もり「分不相応だったら、次から断れ」と上司。おごりはないか、常に身の丈を測る、それが「トヨタ流」のはずだった。

 合原自身、肝に銘じ、後輩にも伝えた。下請けの役員を本社へ呼び出して見下すように足を組んでいた部下の、その足をけり飛ばしたこともある。「一生懸命、額に汗してきた年配の方だよ。その人たちのおかげでわれわれがあるんだ」

 中央紙器への社長就任を打診されたのは九七年春。当時、海外営業1部の部長だった合原は、南米ペルーでの日本大使公邸人質事件で、トヨタの現地対策本部長を務めていた。「仲間が危ない状況にいる間は」と、事件解決まで就任を遅らせてもらった。

 就任前、トップクラスの役員が酒席を設けてくれた。「わが社は、わが社はって言うやつはバカだ」。自画自賛はするな、という教え。トヨタらしい餞別(せんべつ)だった。同じコスト削減でも、かつては下請けの実情を把握して接したものだ。「大きくなりすぎて、小さなところを見る余裕がなくなってるのかなぁ」

 今春、新たに二千人ほどのトヨタマンが生まれた。「自分の足元を見失ってくれるな」。そう願わずにはいられない。 =文中敬称略

 

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