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【結いの心】

トヨタの足元(1) 末端の犠牲で2兆円

2008年5月30日

働けど、働けど「未来が見えない…」=名古屋市近郊で

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 「どうして、うちの主人がクビになるんですか」

 一家の大黒柱の危機を知り、怒鳴り込んできたのはその妻と娘だった。

 名古屋市近郊にある古びた工場。床がきしむ事務室で、社長は“鬼”を演じるしかなかった。「情に流されたら会社はやっていけない」。自身もまた、追い詰められていた。

 まだ昭和だったころ、亡くなった父親の後を若くして継いだ。星くずほどもある「トヨタ系」企業の一つ。百人に満たない従業員には、子どものころから顔見知りの工員も多い。「みんな家族みたいに感じていた」。従業員たちを守り抜こうと思ってきた。

 状況が変わったのは二〇〇〇年。その夏、「国際競争力ナンバーワン」を目指すトヨタのコスト削減大作戦「CCC21」が始まり、三割削減という非情な「お願い」が、末端の下請けまで駆け降りてきた。

 「できなきゃ仕事が切られるかもしれない。実態は強制ですよ。達成するしかなかった」と社長は言う。

 三割という過酷な削減に“聖域”はあり得ない。その年から、ざっと二割の従業員に辞めてもらった。穴埋めの人手に外国人を充て、人件費を抑えた。

 妻子が乗り込んできたのは定年間際だった番頭格の社員。職人肌で、外国人の採用に「言葉も分からないのに仕事を教えようがない」と頑固一徹に反対した。品質とコストを考えたぎりぎりの選択を受け入れない彼に、最後は「辞めてくれ」と言うしかなかった。

 彼はもちろん、妻も娘も会社を「家族」だと感じていたのだろう。「だから乗り込んでもきた。でも、もう家族感覚じゃ経営は成り立たない。会社を存続できるかどうかが迫られた」

 一九九九年当時、日経連(現日本経団連)会長だったトヨタの奥田碩(ひろし)相談役は「従業員をクビにする経営者は自ら腹を切れ」と言い、安易なリストラを戒めている。事実、トヨタは戦後の一時期を除きリストラを一度もしないまま、営業利益が二年連続で二兆円を超え、「勝ち組」の代表になった。

 ただ、その下請けの社長は「トヨタは足元が見えているのか」と思う。「二兆円」も「安定雇用」も、無数にある町工場の犠牲が土台にある。「腹を切れ」は安住の地にいるトップのそらごとに聞こえるのだ。

 利益を吸い尽くされた末端の町工場に、投資に回す余力はない。次代を考えても「まったく希望が見えないんですよ」。生活を切り詰めても、生命保険料の支払いだけは欠かしたことがないという。「もしものときには、そのカネで会社を清算してほしいと思う」。社長は真顔だった。

   ×  ×

 トヨタ自動車は不思議な会社だ。自動車業界で“世界一”の利益を稼ぎ出すグローバル社会の「勝ち組」でありながら、経営方針は人の“和”を尊ぶ「日本型」の見本とされる。今回の連載「結いの心」では、トヨタの今昔を舞台に、企業社会の中の「競争」と「結い」のせめぎ合い、そのひずみに目を向けたい。

 <CC21>  「Construction of Cost Competitiveness 21」(21世紀コスト競争力の構築)の略。トヨタ自動車が2000年7月から始めた主要部品のコスト削減方針。開始から3年で1兆円近い削減を実現したとされる半面、一部で品質管理が手薄になり、04年に過去最高の約190万台を記録したリコール増加の一因との指摘もある。

 

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