現在位置:asahi.com>社説 社説2008年06月08日(日曜日)付 五輪招致―東京の個性をもっと2016年五輪の招致をめざす東京が1次選考を通った。7都市から東京とマドリード、シカゴ、リオデジャネイロの4都市へ。候補地が絞られたことで、東京が取り組むべき課題も浮かび上がってきた。 国際オリンピック委員会(IOC)の理事会による絞り込みは、各都市の計画案を数値化して行われた。 東京は総合で一番高い評価だったが、点数を稼いだのはもっぱら都市のインフラだ。 世界中からやって来る観客を受け入れる宿泊施設数、各競技会場までの距離を平均9キロに抑えた選手村、治安の良さと安全対策。いずれも、1千万人を超える人口を抱え、かつて五輪を開いた都市としては当然ともいえる。 だからといって、今回の選考で東京がトップランナーに躍り出たと考えるのは早計だ。 ほかの都市と比べ、むしろ世界の視線をひきつけるだけの独創性を欠く印象が否めない。どこで他の都市よりも優れた個性を際立たせるのか。東京都と日本オリンピック委員会でつくる招致委員会は、「東京だからこそ」をめざして計画を練り直す必要がある。 いまのところ、招致委員会が強く押し出しているのが「環境」だ。五輪の開催と新しい都市計画を連動させて「水の都を取り戻す」と訴える。だが、具体的な計画はまだあいまいで、実現できるかはっきりしない。 逆に五輪会場が周りに集まる豊洲地区で深刻な土壌汚染が表面化している。ここに築地の魚市場を移転させ、その跡地に五輪のメディアセンターをつくる予定だが、その建設も計画通りにはいかない可能性が出てきた。 日常生活をマヒさせかねない交通渋滞も、ほとんど手つかずのままだ。 来年初めにIOCへ最終的な計画案を提出し、それに基づいて専門家グループによる現地調査がある。今回の書類審査のように簡単ではない。かといって無理な計画案をつくって財政的な負担が増えるようなことになれば、国民、都民が納得しないだろう。 東京の一番の弱みは、国民的な盛り上がりがいまひとつなことだ。IOCが候補地ごとに世論調査をした結果、自国の招致への支持はマドリードの90%を最高に他の3都市は70%を超えたが、東京は59%にとどまる。 1次選考での首位は、12年五輪がパリ、14年冬季五輪がオーストリアのザルツブルクだった。だが、それぞれロンドンとロシアのソチに敗れた。 開催地の決定はIOC委員約100人に委ねられる。その委員に対する海外でのPR活動も解禁になった。 来年10月の投票まで16カ月。石原都知事はまず、この夏に北京五輪の現地で、東京を大いに売り込んでみたらどうか。 大正天皇実録―歴史資料は黒く塗らずに天皇の日々の行動を記した「大正天皇実録」の晩年の部分が、宮内庁で閲覧できるようになった。情報公開請求をきっかけに02年から部分的に見られるようになり、3度目となる今回の公開で、天皇在位期間(1912〜26年)の記録がすべてそろった。 「実録」は、天皇の没後に様々な資料に基づいて作られる公式の記録だ。「大正天皇実録」は当時の宮内省が37(昭和12)年に完成させた。明治天皇の実録が68(昭和43)年から全文出版されたのとは対照的に、その内容は明らかにされていなかった。 いつ、何があったのかを知るのは歴史研究の基本だ。よく分からないことが多かった大正天皇について、実録は様々な基礎資料を提供する。 一連の公開で、大正という元号の出典が中国の「易経」だったことがはっきりした。天皇が政務から引かざるをえなくなった病気についても経過がかなり詳しく分かる。一方で、即位直後には神奈川県の葉山でヨットに乗るなど、病弱というイメージとは違う横顔も見えた。自身が詠んだ多くの漢詩からは膨らみのある人間像も伝わる。 このように実録が世に出た意味は大きい。だが、公開にあたって宮内庁がかなりの部分を黒く塗って隠したのは納得できない。 計29冊になる1、2回目の公開では640カ所以上も塗りつぶされた。何行にもわたって完全に消された部分もある。国家統治の中枢にいた天皇が受けていた報告の内容を隠した部分が多い。研究者からは「歴史への冒涜(ぼうとく)」という批判の声が上がった。 今回は、官報など当時の公表資料にある情報には手をつけず、黒塗りを減らしたというが、それでも9冊643ページの中に約250カ所あった。例えば、皇太子(後の昭和天皇)が摂政となるくだりで、皇族会議召集の記述の一部が消された。 国の安全や個人の人権を損なうような情報は別として、歴史資料は全面的に公開するのが筋だ。80年以上も前に亡くなった公人中の公人の公式記録を隠す理由はない。 公開に時間がかかり過ぎるのも問題だ。内閣府の情報公開審査会が「できる限り速やかに」と宮内庁に意見したのは01年12月。だが、6年半たっても公開は本文85冊の半分以下だ。即位前の分は明らかになっていない。 宮内庁はいま、「昭和天皇実録」を作っている。21世紀を生きる人々が歴史と向き合う資料になるはずだ。完成したら今度は、可能な限り早く、黒塗りなしで公開してもらいたい。 歴史資料は、過去を後世に伝えるだけでなく、国の機関が国民に対して説明責任を果たすためのものでもある。きちんと公開されてこそ、公共の財産として未来を作る知恵の糧となる。 PR情報 |
ここから広告です 広告終わり どらく
鮮明フル画面
一覧企画特集
朝日新聞社から |