深夜帰宅のタクシーで運転手から現金や金券の提供、飲食の接待を受けていた東京・霞が関の公務員は6日現在で13省庁・機関で計502人に上る。利用客を確保したい運転手の気持ちに乗じ、自身の懐を痛めずにチケットを使って甘い汁を吸ってきた公務員。個人タクシーを中心に「居酒屋タクシー」と呼ばれ20年近く続いてきたとの指摘もある慣習の背景に、あきれた役人体質が浮かび上がる。
「みっともない話だ。(飲食接待だけでなく)金品という話になると、また事情は違ってくると思いますね。いずれにしてもそんなことしてほしくない」。6日夕、今回の問題について首相官邸で記者団から感想を問われた福田康夫首相は、そう語り、各省庁などに厳しい処分を求めた。
タクシーに乗った客が、運転手からビールやお茶の提供を受ける慣習は、バブル崩壊以降、長距離利用客の確保を狙いに、個人タクシーを中心に広まったとされる。公務員の場合は、税金を使ってキックバックを受ける形になり、現金や金券まで受け取っていたことが問題を大きくした。
しかし、当事者である公務員の意識は低い。最も多くの383人の職員の利用が明らかになった財務省。6日省内では「疲れて帰る深夜のタクシーでビール1杯も許されないのか」「タクシーのサービスは霞が関の中央官庁共通の慣例」との不満の声も漏れた。
職員らが慣習の背景にある事情としてあげるのが残業時間の多さだ。国会開会中は政府側答弁を用意するため、「深夜待機」が連日続き、帰宅が午前3時、4時になるのもザラだ。ある職員は「疲れている時に、運転手から『サービスです』と冷たいビールを出されれば、つい口をつけてしまう」とこぼす。
しかし、「自分たちはエリートだから多少のことは許される」(ある職員)とのおごりがあるのも事実。ある幹部職員は「90年代の接待汚職から変わっていない役人の体質を象徴している」と話す。別の幹部も「カネや金品までになると申し開きできない。世間の風当たりが強まっているのに」と怒った。
一方、週明けにも調査結果を公表する予定の厚生労働省。省内の喫煙コーナーでは、中堅職員らの「出されりゃ飲むよな」「あんなのがキックバックになるのか」との会話が交わされていた。【赤間清広、清水健二】
「深夜帰宅のタクシーで、省庁の職員が料金の1割のキックバックを受けている。車内でビールなども振る舞われ、全省庁で行われている」。問題を明らかにした長妻昭衆院議員(民主)のもとに、こんな情報が寄せられたのは先月のことだ。
長妻議員は先月下旬、各省庁に事実関係を照会。財務省は当初、「事実はない」と回答。その後、提供を受けたとされる主計局の2人の名前も入ってきた。議員が2人に電話で確かめたところ「お歳暮と思って商品券を2~3度受けた。キックバックではないと思った」と答えたという。これを受け財務省も事実関係を認めたが、長妻議員は「『ばれなければほおかむりする』役所の本質が出た」と話している。【野倉恵】
今回の問題で使われたのが、タクシーチケットだ。現金を払わないため、税金を使っているとの感覚もまひしたのではないかとさえ見える。各省庁での利用規則や実態はどうなっているのか。
毎日新聞が調べたところ、今回の問題が明らかになった13省庁・機関のすべてで、枚数や金額の制限はなく、実質「青天井」だ。利用時間については、終電時間以降が多いが、財務省(午前0時半以降)、金融庁(午前0時半から5時)など時間を定めているところもあった。
利用するタクシー会社は、省庁によって異なるが、多くは10社前後の会社と契約している。調査結果が出ていない厚労省は、「でんでん虫」マークで知られる都個人タクシー協同組合の個人タクシーに利用を限定している。チケットを利用する場合、備えられた使用簿に記入し、チケットの発行を受けるところが多い。農林水産省などは上司の許可が必要としている。
道路特定財源からの多額のタクシー費使用で批判にさらされた国土交通省。最も利用額の多いケースでは、関東地方整備局の職員が07年度に計190回利用し、運賃は計490万円に上っている。さいたま市の整備局から東京・町田の帰宅に使用していたという。
白鳥令・国際教養大教授(政治学)は「民間は経費節減のため残業させないようにしている。公務員の深夜のタクシー帰宅常態化は、組織として管理能力が問われるのではないか。割り戻しは言語道断だ。チケットに金額制限もないのは、公僕としての認識の欠如の表れだ」と話している。
旧大蔵省の接待汚職事件などをきっかけに00年に導入された国家公務員倫理法に基づく倫理規程は「利害関係者でなくとも、社会通念上相当と認められる程度を超えて供応や接待、財産上の利益を受けてはならない」と定めている。現金や金券の受け取りは規程に違反している可能性が高い。
現金や金券を受け取っていた職員が19人いることが判明した財務省は、国家公務員倫理審査会に報告したうえで厳しく処分する方針だ。ただ、「社会通念上相当と認められる程度」の線引きは明確でない。
一方、道路運送法は、タクシー運転手などについて、「運賃などを割り戻す」行為を禁じている。国交省は「現金の受け渡しはこの規定に違反している」との見解だが、ビールなどの提供は「営業努力の範囲内」とし問題なしとの立場だ。【清水憲司、窪田弘由記】
毎日新聞 2008年6月7日 東京朝刊