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2008年06月04日(水曜日)付

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こどもと携帯―危うさを知ることから

 いつの時代も子育てに苦労のタネは尽きないが、最近は何といっても携帯電話やPHSだろう。

 高校生では96%、中学生で58%、小学生ですら31%が持っている。

 いつでも親子で連絡できる安心が手に入ったが、子どもには楽しい遊び道具でもある。時間を問わずメールで友達と会話できる。インターネットでゲームもできるし、自己紹介や日記、小説などの発信もできる。

 だが、その便利さや楽しさのなかにとんでもない危険が潜んでいる。

 出会い系サイトで年間千人もの子どもが強姦(ごうかん)などの犯罪に巻き込まれる。残虐な映像やわいせつな画像に簡単につながってしまう。生徒たちが自由に書き込める掲示板のある「学校裏サイト」で、特定の子どもへいじめが集中する。「うちの子に限って」と思いつつも、心配でない親はいない。

 対策が急がれる中で、政府の教育再生懇談会がひとつの報告を出した。

 「携帯を持っていても、悪いことばっかり」「持つべきかどうか議論していただいた方がいい」との福田首相の発言を受けて、報告は「必要のない限り、小中学生が携帯電話をもつことがないよう、保護者、学校はじめ関係者が協力する」と提言した。

 しかし、安心の道具として必要性を認めている親も多いのだから、一律に持たせるなといっても現実的ではない。むしろ、携帯電話との付き合い方について、保護者や学校、携帯電話会社などがそれぞれの立場で対策を考えた方がいい。

 今年から、未成年が新たに携帯電話の契約をするときは、保護者の同意を前提に接続先のサイトを制限するようになった。「子どもを信用している」との理由で制限を解除する親も少なくないが、大切な子どもをみすみす危ない目にあわせるわけにはいかない。真剣に思いを伝えたい。

 そのうえで、家庭で使い方のルールを話し合ってはどうだろう。夜遅くまでメールを打たないよう、使っていい時間を決める。自分の情報をネットで公表しないようにする、等々。

 家庭だけで効果を上げようとしても、なかなか難しい。学校で携帯電話の危うい面を教え、たとえばメールに関してクラスごとにルールを決めるのも一法だ。

 携帯電話会社は、電話の機能をあれこれ付け加えるのに熱心だが、通話や位置確認の機能だけといった単純な機種の品ぞろえも増やしてもらいたい。

 インターネットの有害情報を規制する法律が今国会で成立する見通しだ。有害かどうかの基準作りを担う第三者機関を中心に、業界は有害情報から子どもを守る知恵を絞ってほしい。

 子どもをいつまでも危険にさらすようでは、IT立国の名が泣く。

アイヌ国会決議―これを歴史的な一歩に

 アイヌ民族を日本の先住民族として認めるべきだ。政府にそう求める国会決議が今週、採択される見通しだ。政府はこれに沿って速やかに決断すべきである。

 アイヌ民族は、日本列島の北部から千島列島やサハリンにかけて広い地域に先住していた。平安時代に作られた「征夷大将軍」の称号の「夷」につながるともいわれる。北海道の多くの地名や、「ラッコ」「トナカイ」という言葉もアイヌ語だ。

 アイヌの人々は「先住民族」としての権利を認めるよう運動してきたが、政治が本格的に動き出したきっかけは昨年9月、国連が「先住民族の権利宣言」を採択したことだった。人種差別や植民地主義の反省から生まれてきた新しい人権の概念だ。

 日本政府も宣言に賛成した。だが、福田首相は今年1月、「先住民族について国際的に確立した定義がない」と国会で答弁し、アイヌ民族がそれにあたるかどうか明言を避けた。

 この答弁は、いかにも苦しい。明治以来、日本政府はアイヌ民族を「旧土人」と呼び、戸籍を分けたこともあった。この差別的な呼び方そのものが、先住の事実を認めたに等しいからだ。

 86年、当時の中曽根首相が「日本は単一民族国家」と発言したことにアイヌの人々らが抗議し、差別の象徴だった「北海道旧土人保護法」を廃止する方向が決まった。一般の理解が深まってきたのもそのころからだろう。

 そもそもアイヌ民族が全国に何人いるのかすら、政府は調べたことがない。無視と無関心という形でも差別が続いてきたのは間違いない。

 今回の決議案は「等しく国民でありながら差別され、貧窮を余儀なくされたという歴史的事実を、厳粛に受け止めなければならない」と、過去の対応を反省している。同感である。

 旧土人保護法に代わって97年に制定されたアイヌ文化振興法は、民族文化の尊重をうたった。アイヌ語教室が各地で開かれ、歌や踊りなどの継承も活発になった。

 ただ、民族としての権利については触れられていない。これを認めれば、土地の所有権や民族自決権など深刻で複雑な問題につながると警戒してのことだった。

 差別や貧困はいまだに解消されていない。北海道庁の06年の調査では、生活保護を受けている率は全国平均の3倍以上で、大学・短大進学率は3分の1だ。

 政府はアイヌの人々の訴えに耳を傾け、生活向上や差別撤廃などに本腰をすえて取り組む必要がある。

 北海道・洞爺湖で7月、G8サミットが開かれる。先住民族はその国の多様性や豊かさに貢献する。そんなメッセージを日本からも発信したい。

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