鯨論・闘論

南極海で鯨類の調査をする必要性と新捕鯨構想

財団法人 日本鯨類研究所・大隅清治 顧問

この記事へのご意見:3件

財団法人 日本鯨類研究所・大隅清治 顧問「日本がなぜ遠い南極海まで行って,クジラの調査をする必要があるのか?」という質問を,捕鯨に反対する団体ばかりでなく,捕鯨の問題を真面目に心配してくれる人からもよく聞かれる。その質問に答えるには,南極海が世界の鯨類資源の宝庫であることを,最初に認識することが必要である。
 この事実は,第二次大戦による中断があったものの,捕鯨の全盛期であった,1933 年から 1978 年の間の近代捕鯨による世界の各海洋での鯨類の捕獲頭数を,国際捕鯨統計によってまとめると,よく分かる。
 すなわち,全体では 190 万 9 千頭であり,そのうち,南極海で 57 パーセント,南極海と同じクジラ資源を利用した南半球沿岸で 19 パーセント,北太平洋で 22 パーセント,北大西洋で 2 パーセントであり,南半球産の鯨類の捕獲が地球全体の 76 パーセントを占めていたことから歴然である。南半球産の鯨類は北半球産よりも大型であるので,捕獲クジラの生物量を考慮すると,その割合はさらに増加する。
 (※注:生物量=任意の空間内に存在する生物体の総量を,重量あるいはエネルギー量で示したもの。)

南極大陸を覆う厚い氷がゆっくりと海に移動するにつれて,岩盤が氷河に削り取られて海に運ばれた豊富な栄養塩と,春になって姿を見せはじめる太陽から降り注ぐ明るい光によって,南極海では植物プランクトンが爆発的に増殖し,それを餌とするナンキョクオキアミなどの動物プランクトンが大発生して,海を赤く染める。その頃,それまでに暖かい海で餌も取らずに子育てをしていて痩せ細った鯨類が,発生した大量の餌を求めて南極海に大挙して回遊してくる。そして,そこでもりもりと餌を食べて肥り,冬の繁殖活動に備える。
 このようにして,世界の海で海洋生産性の最も高い南極海は,かつても,そして主要鯨類資源が回復した現在も,世界の鯨類資源の宝庫なのである。

最近,石油資源は今世紀中になくなることが心配されている。石油のように,やがて使えばなくなる鉱物資源と異なって,鯨類のような生物資源には再生産力があり,その再生産力の範囲で資源を利用する限り,その資源は減少することなく,永く利用できる。しかも,鉱物資源は使わなければ,その資源を温存できるが,生物資源を使わないで放置することは,折角の自然の再生産力を活用しないので,かえって無駄なのである。
 そして,大型であり,良質の肉と油を生産する鯨類は,海洋生物資源の一部であり,現在 IWC が 20 年もの永い間実施している捕鯨のモラトリアムは,自然力の活用から考えて,極めて不合理な措置であり,許されるべきでない。

1948 年,現行の国際捕鯨取締条約(ICRW)の下に,その実行機関として,国際捕鯨委員会(IWC)は設立された。その初期において,鯨類資源の調査が初期段階にあった科学小委員会(SC)は,鯨類資源の管理方策について,明確な勧告を出せずにいた。そのため,IWC は近視眼的な措置を続け,主要な鯨類資源が著しく減少したことは確かである。
 しかし,鯨類資源の調査研究の発展によって,SC は 1960 年代までに自信を持って IWC に勧告を出せるようになった。それにも拘らず IWC は,SC の勧告を無視して,1982 年に商業捕鯨のモラトリアムを全く政治的に決議してしまった。そして IWC は,その理由として,「鯨類資源についての理解が不足している」ことを挙げた。

日本政府は,鯨類資源についての理解を深めて,モラトリアムを解除するために,南極海で鯨類捕獲調査を 1987 年に開始した。もしも日本の近海だけで資源調査をして,モラトリアムの解除を図っても,反捕鯨勢力は,「モラトリアムは世界全体に適用するのであって,世界の鯨類の宝庫である南極海での鯨類の状態が判らなければ解除できない」と難癖を付けるに違いない。

世界の人口爆発が続いており,地球温暖化が心配されて,世界の食糧危機が迫っている現在,地球の 4 分の 3 の面積を占める海洋の生物生産性への期待が,強く寄せられている。そして,生態系の構成員を総合的に,そして持続的に,利用する必要性が叫ばれている。
 そのような中で,海洋生態系の頂点に立っている,鯨類だけを利用しないで放置することは許されず,鯨類資源の宝庫である,南極海で捕鯨を早期に再開して,世界の食糧危機に備えることは,世界の情勢から必至である。
 したがって,それを阻止しようとする反捕鯨勢力は,飢えつつある人類の名において,糾弾されなければならない。

人間によって改変された南極海の生態系は,人間によって回復させる責任がある。
 南極海の捕鯨を最後まで続けた国は日本とソ連であるが,ソ連の旧体制が崩壊してしまい,南極海の捕鯨再建に向けて,鯨類資源をモニターする調査と研究をできる国は,有効な捕獲調査の実施が可能な規模の捕獲・処理設備と,経験ある技術者を温存している日本だけとなった。

幸いにして,捕鯨の再開を希求する日本は,世界のために現在,南極海で鯨類捕獲調査を実施してその大役を担っている。IWC が南極海で 1978 年から実施している国際協同鯨類目視調査を継続し,大きな科学成果を上げることができるのも,日本が鯨類捕獲調査を実施しているからである。それがなければ,日本から優れた調査船と乗組員を提供できず,このように大規模な調査は進められなかったであろう。

我々はこれまでに過去の商業捕鯨について,反省すべきことは十分に検討し,対応策を講じてきた。これから再開されるべき捕鯨は,かつての商業捕鯨のそのままの復活では決してない。新たな捕鯨は,海洋生態系を全体として安全に管理する方式によってなされ,鯨類を食料として完全に活用し,しかも条約第 8 条型の資源調査を伴う,資源管理型捕鯨でなければならない。そして,新たな捕鯨が開始されるならば,世界の宝庫としての南極海の鯨類資源は,人類の共有財産として利用され,その生産物と利益は,人類の福祉の増進に大きく貢献することになろう。

これから開始されるであろう,南極海における新たな捕鯨のあるべき姿について,私は,次の具体策を提案している。
 まず,現行の ICRW を廃棄し,国際南極海鯨類資源管理機関(IAEMO)を設立する。そして,その下部組織である科学小機関(SSO)が,生態系理論に基づいて,鯨類の捕獲許容量を算出し,IAEMO に勧告する。IAEMO は SSO の勧告を基にして,種別,系統群別に捕獲割当量を決定して,国際入札に掛ける。落札した国は,南極海で捕鯨操業する義務があり,IAEMO の定める操業規則に従って,捕獲物を,食料を主体として,完全利用するべく操業するとともに,SSO が定めた資源調査を実施する義務を生ずる。IAEMO は各操業体に国際監視員を任命して派遣する。IAEMO は落札によって支払われる基金を用いて,操業船に国際監視員を派遣するとともに,基金の一部を,食料の分配等,人類の福祉に使用する。

以上の私見に対して,忌憚のないご批判と,ご提言を期待する。

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[この記事へのご意見:3件]

[ご意見:3]「反捕鯨国が出した妥協案について」from:松本 さん

3月にロンドンで行われた IWC(国際捕鯨委員会)の中間会議で,反捕鯨国の一部から「調査捕鯨をやめさせるかわりに日本の沿岸捕鯨を認める」という提案が出されたようですが,この提案をのむきはありますか?

[ご意見:3]「反捕鯨国が出した妥協案について」への回答from:財団法人 日本鯨類研究所・大隅清治 顧問

3月に開催された IWC 中間会議へ日本から参加した代表団員にお尋ねの提案があったかどうかを確認しましたところ,会議場内でそのような発言はなかったとのことでした。それは兎に角としまして,それと類似した提案は,すでに 1990 年代にアイルランドから出されており,その時には,日本はその提案を拒否しております。いずれにしても,お尋ねの件につきましては,政治的な提案ですから,小生のような科学者が回答するべき立場にはありません。しかし,科学者としての立場から,この提案について私的な見解を述べることはできます。

最初に認識して頂きたいことは,日本が南極海と北西太平洋で現在実施している鯨類捕獲調査は,国際捕鯨取締条約第 8 条に基づいて許された鯨類資源の科学調査であって,捕鯨活動ではありません。そして,捕鯨が行われていても,科学調査は鯨類資源の持続的管理のために実施されるべきものであり,捕鯨との引き換えにはなりません。

捕鯨の対象となってきた鯨類資源は,同じ系統の資源が沿岸だけでなく,広く外洋域にも分布しておりますので,沿岸捕鯨だけでは合理的資源管理ができません。従いまして,沿岸捕鯨が再開されても,沿岸域から沖合域にわたる鯨類の資源調査は必要です。

お尋ねの提案の主目的は,南極海で日本が実施している鯨類捕獲調査活動を,反捕鯨勢力が停止させることにあると考えますが,小生がこの「鯨論・闘論」で最初に述べましたように,南極海は世界の鯨類資源の宝庫であり,世界の食糧危機が現実のものとなっている現在,南極海に分布する豊かな鯨類資源の持続的利用を図ることは地球人として必然であり,今からそれに備えておかなければなりません。そして,現在南極海の鯨類資源の動向について調査する技術的,設備的能力を有している国は,日本しかありません。日本は南極海の鯨類資源の利用と管理を請け負う国として,世界から依頼され,期待されるべきであります。

日本政府の捕鯨に対する政策の基本は,[1] 持続的開発の原則の維持,[2] 科学的事実の尊重,[3] 食糧問題に対する長期的対策,[4] 各国固有の文化伝統の尊重,である以上,政治的妥協のために,それらの大原則を踏み外して,お尋ねの提案をそのまま受け入れることはないと,私は信じます。

[ご意見:2]「勉強になりました。」from:藤田 さん

生態系に対する科学的根拠にもとづいた捕鯨が可能であるというのは正論だと思うのですが,捕鯨をよく思わない外国人からすると,日本人が自国の都合で勝手なことを言ってるように聴こえるのでしょうね。
 説得力のあるデータはないでしょうか?

[ご意見:2]「勉強になりました。」への回答from:財団法人 日本鯨類研究所・大隅清治 顧問

「鯨論・闘論」を読んで頂き,小生の意見に対するご感想とご質問を頂戴し,有難く存じました。
 捕鯨問題の解決に向けて,これまでに種々に情報や考え方,提案などを日本から発信していますが,おっしゃるとおりに,捕鯨をよく思わない外国人から見ると,日本人が自国の都合で勝手なことをいっているように聞こえるのでしょうね。

我々は捕鯨問題に関する種々のデータを蓄積しておりますが,どのようなデータでしたら説得力が生まれるとお考えでしょう。逆にお尋ねしたいと思います。それらについて,データのご示唆がございましたら,できるだけ多く揃えて,国内外に発信するようにします。どうぞよろしくご検討をお願い申し上げます。

[ご意見:1]「南極海のシロナガスクジラ資源はなぜ回復しないのか」from:山猫 さん

捕鯨ライブラリー(http://luna.pos.to/whale/jpn.html)に掲載されている「南極海のシロナガスクジラ資源はなぜ回復しないのか」を読ませていただきました。そこで質問です。

 南極海で…ミンククジラを間引かない限りシロナガスクジラの回復は保証されない。

 とありますが,どのぐらいのミンククジラを間引くと効果がありますか?また,シロナガスクジラが回復すべき適正水準とはどのぐらいでしょうか?

[ご意見:1]「南極海のシロナガスクジラ資源はなぜ回復しないのか」への回答from:財団法人 日本鯨類研究所・大隅清治 顧問

小生が 1994年に『勇魚』誌 10号に寄稿した文章を読んで頂き,有難うございます。ご質問を頂いて,14年ほど前に書いたこの文章を久し振りに読み返してみましたが,これと対比して,日本が 1987年から南極海で実施してきた JARPA ,JARPA II の調査の進展と,日本が調査船,乗組員,一部の調査員を提供して,国際捕鯨委員会(IWC)科学委員会が 1978年から継続してきた IDCR・SOWER 調査とによって,南緯 60度以南の南極海における鯨類資源についての知見と理解が,この 14年間にとても深まったことを実感しました。

この間に我々が得た知見として,

 1)シロナガスクジラ(ここで扱うシロナガスクジラは普通型 Balaenoptera musculus intermedia であり,南緯 60度以南の海域には殆ど分布しない,ピグミー型 B. m. brevicauda を除く)は,最近徐々に増加してはいるが,依然として低い資源水準にある。

 2)南極海産のかつてミンククジラと称されていた鯨種は,JARPA による研究成果のひとつとして,分類学的に独立の種として Balaenoptera bonerensis (和名:クロミンククジラ)の種名が確立した。

 3)クロミンククジラの資源は依然として高い資源水準を保っている(資源評価について,現在も IWC科学委員会での論議が続いている)。

 4)クロミンククジラはパックアイス縁の内側に形成される開氷面に侵入するので,それらの部分に分布する資源が目視調査による資源量の推定値を低くする。

 5)クロミンククジラの目視調査において,見落とし率(g(0))が,1 より低いことが明らかとなり,資源量の推定値が今までの認識よりも大きくなる可能性が出てきた。

 6)ザトウクジラとナガスクジラの資源が急速に増加し,南極海での分布域を拡大しつつある。

 7)最近クロミンククジラの胃内容量が減少しつつあり,その結果鯨体が痩せつつある。

 8)クロミンククジラの妊娠率は依然として高い水準を保っている。

 9)クロミンククジラの性成熟年齢は 1970年代まで低下の傾向があったが,それ以後はわずかながら増加の傾向がある。

 などの資源変動に関わる要素の興味ある研究結果が得られています。

そして,それらの知見は,南極海におけるヒゲクジラ類資源が互いに動的な関係にあることを,強く示唆しております。
 クロミンククジラはシロナガスクジラと生態的地位を同じくしており,南極海捕鯨によってシロナガスクジラ資源が 1920年代から急速に減少するにつれて,余ってきた餌生物を利用してクロミンククジラの栄養が良くなり,性成熟年齢が低下するなどして,繁殖力を高めて,捕鯨対象となっていなかった 1960年代までに,急速に資源量を増加させて,シロナガスクジラの生態的地位を奪ってきました。
 しかし,シロナガスクジラの捕獲が IWCによって 1964年から禁止になると,1970年代までにクロミンククジラの資源が環境収容量に達したことは,最近 VPA や生態系モデルの研究でも示されてきました。JARPA からの研究は,クロミンククジラの餌の摂取量が最近減少しつつある結果,体が痩せつつあり,1970年代まで続いた性成熟年齢の減少傾向がその後停止したことから裏付けられています。

しかしながら,依然としてクロミンククジラの資源量は南極海捕鯨が開始された時点に比して,はるかに高い水準を保っていることは確かです。その一方では,シロナガスクジラの資源水準は南極海捕鯨が開始された時代よりもはるかに低い水準に依然としてあります。つまり,現在の南極海の鯨類生態系は捕鯨の後遺症がいまだに残っている状態にあることは否定できません。
 アンバランスな文明の発達によって,世界の人口が現在のように爆発的に増え過ぎてしまった現在では,自然の生態系を,人間が全く関与しないで放置しておくことは許されません。増してや,南極海は世界の鯨類の宝庫であり,南極海を人類は積極的に利用し,“里海”として管理するべきです。

人間が変化させた自然環境は,人間によって修復させる義務があると考えます。その一環として,小生が以前から主張しているように,シロナガスクジラ資源の回復のためにも,増え過ぎているクロミンククジラを対象とする捕鯨は早急に再開するべきです。

当研究所では,1992年に IWC科学委員会が開発した改定管理方式(RMP)を用い,資源と系群に関する最近の知見に基づいて,既にクロミンククジラの捕獲限度量の試算を行っています。
 しかしながら,生態系に関する知識が増してきた現在では,RMP も,もはや鯨類資源の管理のツールとしては古くなっています。
 南極海生態系の中で,ナンキョクオキアミを鍵種とする生物は極めて多く存在しますが,少なくとも人類にとって有用生物資源と考えられる生物種を,将来どのようにバランスして利用し,管理するべきかについては,管理の基準を南極海の捕鯨が開始された時点に置くのではなく,生態系モデルの今後の開発によって,最も生産性が高く,かつ持続的な生産を生み出す基準を設定し,それに即した管理方式の算出を待つ必要があると考えます。
 そして,JARPA II では,調査目的のひとつとして,そのプロジェクトも推進しています。

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