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アナウンス室 プロフィール

おおの おさむ

大野 修

プロフィール

あけましておめでとうございます!

新年あけましておめでとうございます。
今年も、皆さまにとってよい年でありますよう…。

で、お正月は一家揃って(といっても2人と一匹)
埼玉と東京の実家に戻ってのんびりしてきた。
もうのんびりし過ぎて、ワケ分かんなくなっちゃう位だった。

が、帰省して正月の様子も変わったなぁと思った。
自分が小学生の頃は、道路には子供たちの歓声が響き、
賑やかだった住宅街の道路も、シンと静まり返っている。

子供が少なくなったといえばそれまでだが、
最近の子供の余暇の過ごし方の上位には、
『ゲーム』『パソコン』『一人でぼーっとする』
というのが並ぶそうで、遊びが室内化しているせいもあるようだ。

自分の頃はと言うと、結構賑やかに正月を楽しんでいた。
中でも小学校4年の頃に流行した“ゲイラカイト”は、
売り切れ店が続出するほどの人気があり、
それを手に河川敷や広場に寒風が吹く中で遊びまわっていた。

僕らが夢中になった“ゲイラカイト”は
従来の凧上げの概念を覆すそれは画期的な玩具だった。
まず外形は二等辺三角形で非常に軽く、
和凧についている二本の足が必要なかった。
そしてバランスが非常によく、失速・墜落をほとんどしなかった。
さらに、ビニールで出来ているため、少々の衝撃では破れなかった。

そして極めつけはCMで
『アメリカのNASAが全面協力して作った』
と言っていたことに尽きる。
何でNASAが凧を作ったのかを確かめる術はないが、
とにかく『アメリカのNASA』が作ったのなら
すんごいおもちゃに違いない!!と僕らは鼻息を荒くしたものだ。

あるおもちゃ屋さんの広告では
宇宙服を来たアメリカ人が、“ゲイラカイト”をもって、
『ハロー!宇宙の彼方までこいつを飛ばそうぜ!』
と、英語と日本語がちゃんぽんの文章が踊っていた。
(今考えるとインチキ臭い広告ではある)

価格は1000円だったと記憶している。
小学4年生の時の僕のおこづかいは500円だったから、
何と月収の2倍のおもちゃである!!

流行モノに疎い僕でさえも、今度ばかりは両親に猫なで声で
「ね、ね。一生のお願いだから!」
と頼み込んで買ってもらった覚えがある。
(ちなみに、僕の記憶にある限り、
 この<一生のお願い>を少なくとも8回は使っている。
 うぅぅ、父上様・母上様、お許し下さい…)

そして、真新しい“ゲイラカイト”を手に
僕は、友達と寒風吹きすさぶ中、毎日のように近くの広場で
「こっちの方が高い」「いや僕のほうが高いぞ!」
と、高度を競い合っていた。

忘れもしない1月7日、事件は起こった。

相も変わらず友達と「僕のほうが高い」と、競争をしていた所に、
開業医の一人息子でクラスの秀才といわれるT君が、
「ふっふっふっ、君達、僕は糸を買ってきて長さを2倍にしたんだ」
と自慢げに話しながら“ゲイラカイト”を飛ばし始めた。

当然、すごい勢いで“ゲイラカイト”は上昇し、
僕たちのはるか上空を舞うことになった。
悔しいが糸の長さが倍もあるだけに仕方が無い。

が、しかし!糸がほぼ出尽くしたその直後、
T君が「あっ!あっ」
と言いながらあらぬ方向に小走りで駆けていくではないか。
どうしたのかと思って目をやると、
余りに高く“ゲイラカイト”を上げすぎたために、
上空の風に翻弄されて、M君が耐え切れなくなってしまったのである。

しかも手を糸にしっかりと巻きつけているために、
T君はどうにもこうにも身動きが取れなくなってしまったのだ!
風に煽られるまま、T君は前後左右へと迷走する。
その動きは酔っ払いのようで面白いが、
当のT君は“ゲイラカイト”と格闘し、必死の形相である。

それを見て最初は笑っていた僕らも
T君が車道の方へ流されそうになるのを見て、
慌てて自分の“ゲイラカイト”を収容すると、
T君の方へ向かって駆けていき、
皆で糸をT君の手から必死の思いで解いた。

開放されたT君と僕らは一緒にしりもちをつき、
同様に開放された“ゲイラカイト”は大空高く飛んでいった。

あの“ゲイラカイト”はどこにいったのだろう…。
『宇宙の彼方まで』飛んでいったのだろうか。

正月の懐かしい思い出の一コマである。

2002.01.07 | コメント[0]トラックバック[0]