2006年10月11日、福岡県筑前町立三輪中学2年の森啓祐さん=当時(13)=が4通の遺書を残し、倉庫で首をつって自殺した。その後、森さんが1年時から「死ね」「うざい」など同級生らにののしられたり、自殺当日にズボンを脱がされそうになったりする「いじめ」を受けていたことが判明。さらに1年時の担任が森さんの母親から受けた相談内容を暴露するなど、いじめを誘発する言動があったことも発覚した。町教委が設置した第三者機関の調査委員会は「からかいや冷やかしなどいじめに相当するもの」が自殺の最大要因と結論づけた。
(2007年3月8日掲載)
●疑問残る「なぜ自殺」 学校や地域はどう向き合う
福岡県筑前町の三輪中学2年の森啓祐さん=当時(13)=がいじめを苦に自殺して、11日で5カ月になる。真相が少しずつ明らかになる中、同町教育委員会が設置した調査委員会は「いじめが自殺の最大要因」と結論づけた。学校現場で、教育再生への動きも出てきた。遺族は啓祐さんの実名を公表し、いじめ根絶を訴えている。筑前町の自殺問題は、私たちに何を問い掛けたのか。あらためて検証する。
(朝倉支局・吉田修平)
■実名公表の意味
「啓祐は、みんなが幸せに暮らせる、いじめのない社会をつくってほしいと願っていたと思う」。2月上旬、東京であった「いじめ」をテーマにしたシンポジウム。森さんの母美加さん(36)が、壇上に立って啓祐さんの実名を公表した。
「お母さんお父さん こんなだめ息子でごめん 今までありがとう いじめられて、もういきていけない」。啓祐さんがそんな内容の遺書を残して自殺してから、4カ月がたとうとしていた。
美加さんはこう言う。「啓祐の顔写真を見ることで普通の、本当に普通の子どもが自殺することがあるということ、いじめ自殺を身近な問題だととらえてほしいのです」
啓祐さんが自殺した最大の要因をいじめと結論づけた調査委員会を筑前町教委が設置したことについて、いじめ問題に詳しい大東文化大学の村山士郎教授(教育学)は「第三者機関が調査することで、真相をあいまいにすることを防げた。今後のいじめ調査の方向性が示されたのではないか」と評価する。
とはいえ、死の真相は十分に究明されていない。啓祐さんの父順二さん(40)は「なぜ啓祐は自殺したのかという疑問は今も消えない。死を選ばねばならなかった心情を知りたい。5年後でも10年後でもいい。いじめた生徒たちが本当のことを話してくれるよう望んでいる」と、祈るような表情で語る。
■反省どう促すか
福岡県警は2月、自殺当日にトイレで啓祐さんのズボンを脱がそうとした同学年の生徒5人のうち、14歳の3人を暴力行為法違反容疑で書類送検。刑事責任を問えない13歳の少年2人は同法違反の非行事実で久留米児童相談所へ通告した。
地域への波紋は大きかった。啓祐さんと同学年の子どもが三輪中に通う40代男性は「(書類送検などの処分は)良いことなのか、悪いことか正直分からない」と困惑を隠さない。福岡都市圏のある中学校長は「子どもたちに『社会には一定のルールがある』と教え、死に追い込んだ責任を自覚させる点では評価できる。が、人格形成途上の彼らへの処分としては、疑問も残る」と言う。
そもそも、啓祐さんへの一連のいじめのうち、トイレ事件はあくまで一部。自殺のもう1つの要因とされる「言葉によるいじめ」は5人以外の生徒が行った、とされている。
学校や調査委は心理的な影響に配慮し、いじめにかかわったとされる生徒たちへの徹底的な調査や指導を控えてきた。
つまり、彼らがいじめた理由は何で、命の重みをどう感じているか、いじめたことへの反省を誰がどう促すか−などの課題は残されたままだ。
■「未来会議」発足
調査委の最終報告書は「長期のいじめに気付かなかった学校側の責任は重い」と指摘した。
福岡県教委は6日の定例会で、啓祐さんへの同学年の生徒らのからかいや冷やかしにつながる不適切な言動をした1年時の担任教諭(48)と、指導監督責任を怠った校長(52)を減給10分の1(1カ月)の懲戒処分にした。
さらに、いじめを見逃し、具体的な指導をしなかった2年時の担任教諭(44)と指導監督責任を怠った教頭(52)をそれぞれ戒告とした。
遺族の心境はしかし、複雑だ。2月下旬、県教委を訪れた美加さんは「私たちは決して、処分を望んでいるわけではない。先生たちに、今回の問題と向き合ってもらいたいのです」と訴えた。
筑前町では2月上旬に、いじめ防止や教育再生を話し合う「子ども未来会議」が発足。行政、学校関係者、PTAらが連携し、これまで形骸(けいがい)化していた町の相談態勢の改善やいじめ根絶への取り組みを進めるという。
しかし、それで事足りるわけではない。真相の究明、いじめた生徒への対応、教育関係者に限らず家庭や地域がいじめとどう向き合っていくか…。事件とその後の経緯を取材してきて、啓祐さんの死が突きつけた問題点はなおたくさん残っている、との思いが胸の中に渦巻いている。