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2008年05月11日(日曜日)付

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新型インフル―白鳥からの警告を聞け

 世界中の鶏や野生の鳥などに大流行している鳥のインフルエンザウイルスが、日本で次々に見つかっている。

 十和田湖畔に続き、北海道の野付半島、サロマ湖畔と、死んだ野生のハクチョウからH5N1と呼ばれる毒性の強いウイルスが確認された。もとはカモなどの渡り鳥が運んできたらしい。

 このウイルスが日本で確認されたのは、昨年初めに宮崎、岡山両県の養鶏場で大量死した鶏と、熊本県で野生のクマタカから見つかって以来だ。

 さらに感染した鳥がいないか、周辺を調べるとともに、近くの養鶏場では野鳥への警戒を強める必要がある。

 だが、野鳥から人に感染することはまずない。死んだ鳥に触れないよう気をつければ、心配することはない。

 大切なのは、人に感染する新型のインフルエンザウイルスが現れる警告としてとらえることである。鳥のウイルスが広がるほど、突然変異を起こすなどして、人に感染しやすい新型ウイルスになる可能性が高まるからだ。

 鳥のウイルスには、これまでアジアを中心に380人余りが感染し、約240人が死亡している。素手で病気の鶏を扱っていたような人が多い。

 このウイルスが人に感染しやすい性質に変わったら、人から人へと簡単にうつる。しかも、だれにも免疫がないため、大流行の恐れがある。

 新型が現れたら、日本では4人に1人がかかり、数十万人の死者が出ると予測されている。

 世界保健機関(WHO)で新型肺炎(SARS)や鳥インフルエンザ対策に当たった押谷仁東北大教授は、そうした事態を想定した備えが足りないと警告する。

 政府の対策は、海外から新型インフルエンザが入るのを防ぐ水際作戦や、入っても一定の範囲で封じ込める作戦に重点が置かれてきた。

 しかし、国内外の人の行き来を考えれば、水際や封じ込めの対策には限界がある。新型がいったん国内に入ってくれば、広がりは避けられない。

 ところが、その対策が後回しにされたままなのだ。

 大勢の患者をどこでどう診るのか。備蓄した薬をどうやって配るのか。交通機関や商品の流通をどこまで制限するのか。学校はどうするのか。各自治体は具体策を練っておく必要がある。それには政府の支援も欠かせない。

 政府は先月、鳥インフルエンザに感染した人や鳥からつくったワクチンを、医師や検疫官らに打ち始める方針を発表した。効き目や副作用を確かめるためだというが、将来流行するウイルスに本当に効くかどうかはわからない。過信は禁物だ。

 鳥のウイルスを広げないようにしながら、大流行したときに備える。そうした対策を着実に進めていきたい。

少年審判傍聴―更生との兼ね合いを

 家庭裁判所の一角にある30平方メートルほどの密室。殺人や傷害致死といった事件を起こした少年が親と並んで座り、裁判官と向かい合う。裁判官の両脇には家裁調査官と書記官、少年の右側には弁護士、左側には検察官が座る。非公開の少年審判の光景である。

 傍聴席はないが、学校の先生や勤め先の上司らが出席することがあり、そのときは少年の後ろに座る。

 だが、被害者や遺族はいない。被害者らが入ることができるのは、許可されて意見を述べるときだけだ。

 これはおかしい、被害者らが傍聴できるようにしようという少年法改正案が、政府から国会に提出された。

 犯罪がなぜ起きたのか。少年は反省しているのか。そうしたことをじかに聞きたいと思うのは、被害者として当然のことだろう。一方で、少年審判のねらいは少年の更生にある。更生を妨げないよう傍聴の仕方には十分気を配らなければならない。

 殺人などの重大な罪を犯す少年は年に平均400人ほどいる。そのうち半分は大人と同じように刑事裁判を受けるため地裁に送られる。法廷は公開なので被害者も傍聴できる。

 残り半分が少年審判で扱われる。そこでは、未熟な少年を罰するのではなく、少年に自分のしたことの意味を考えさせ、少年院に行って再出発することを納得させる。

 そうした少年審判の性格を踏まえたうえで、被害者の傍聴に賛成の人たちは次のように主張する。

 被害者の「知る権利」は犯罪被害者等基本法で保障されており、少年審判でも尊重されなければならない。被害者が傍聴した方が、少年にとっても罪の重さを感じることができる。傍聴しても被害者は発言できず、万一、発言したりして審判に支障がありそうなら、裁判官が退廷させれば済む。

 これに対し、日本弁護士連合会などから次のような反対論が出ている。

 いまでも被害者には審判結果が通知され、記録の閲覧やコピーもできるので、知る権利は尊重されている。少年は未熟であり、被害者がいては萎縮(いしゅく)し、率直に心情を語れない。裁判官が少年の境遇を取り上げたくても、プライバシー保護から触れにくくなる。

 賛否両論とも一理ある。けっきょくは、率直な気持ちで自らの罪と向き合わせる、という少年審判の目的を損なわない範囲で傍聴してもらうしかあるまい。審判への影響が心配されるときは、廷内にビデオカメラを置き、被害者には別室でモニター画面から見てもらうようにすればいい。

 むしろ、法律に疎い被害者や遺族に弁護士が付き添い、少年審判の性格なども含めて説明することが大事だ。傍聴を許せば「知る権利」が守られる、というほど単純な問題ではない。

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