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2008年05月12日(月曜日)付

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日本の技術―「弱者」の知恵を守ろう

 新しい中小企業白書は、大企業にくらべて資本や設備の力が劣る中小企業が、ハンディをどう補うかに焦点を当てている。期待されるのが、IT(情報技術)を導入し、輸出や海外進出を進め、産官学のネットワークで相互補完する、といった努力だ。

 だが、白書が言及していない問題点で、早急な取り組みが必要なことも少なくない。そのひとつが、特許など知的所有権の問題である。

 中小企業の中には、長年にわたって特定の技術に磨きをかけ、大企業にもまねのできない高度な技を獲得しているところも少なくない。そんな企業には企業系列の枠を超えて、国内だけでなく世界中から注文が舞い込む。

 ところが、そこに大きな壁として立ちはだかっているのが、実は日本国内の大企業なのである。

 精密機器のある中小メーカーは、独自の技術を大企業に模倣される経験を何度も味わっている。

 次世代薄型テレビの画面に必要な網状の部品を作る技術について、特許の出願中に、大手電機メーカーに秘密保持契約を結んだうえで説明したところ、大手メーカーが自社の特許として後から出願してきた、という。争いは、特許庁の審判に持ち込まれた。

 医療機器や半導体検査装置の部品でも、別の大企業から同じような苦い思いをさせられている。

 この中小メーカーの社長は「外資の方が知的所有権の契約や法令をきちんと守る。日本の大企業は、中小企業の技術を盗み得と考えているのではないか」と怒りを隠さない。契約があっても、裁判になると経営の体力と時間を消耗するので、中小企業は泣き寝入りを強いられることが多い。

 したがって、知的所有権保護の枠組みが中小企業にとって使いやすくなるよう、手直しする必要がある。

 特許の紛争が起きた場合、特許庁は中小企業の言い分にもきちんと耳を傾ける体制を整えるべきだ。中小企業の技術は現場での工夫から生まれたものが多く、研究室にくらべ開発過程の記録が残りにくい。それが不利にならないような配慮が欠かせない。

 また、争いになったら素早く結論を出すことも大切だ。紛争が長引けば、比例してコストもかさむ。体力勝負に持ち込ませてはいけない。

 中小企業が紛争に勝ったら、特許の侵害などで失った利益を、改めて裁判に訴えなくても大企業が賠償する制度を導入したらどうだろうか。

 特許を侵害して訴訟で負けても相手を邪魔できればいい、という考え方を封じるのだ。

 優秀な中小企業は日本の技術力の土台になっている。そこを大切にしていかないと、大企業はやがて自分の首を絞めることになるだろう。

南米の政治―「米国の裏庭」はいま

 南米に、また左派政権が生まれた。大陸の真ん中にあるパラグアイだ。

 保守政党が61年間も政権を握り続け、世界最長と言われた。その国で中道左派連合のフェルナンド・ルゴ氏が大統領に当選した。貧困問題に取り組んできたカトリックの元司教で、「貧者の司教」と呼ばれる人物だ。

 パラグアイは70年以上も前から日本人移民を受け入れてきた歴史を持つ。日系人が栽培した大豆の生産が伸び、世界4位の輸出国になっている。

 だが、少数の地主が農地を握り、国民の3分の1が貧困にあえぐ。腐敗した一党支配体制が、貧富の絶望的な格差を温存してきた。

 そこに風穴を開けたのが、ルゴ氏だ。教会は抑圧された人々の救済をめざすべきだとする「解放の神学」に強い影響を受け、土地のない農民たちとともに活動してきた。05年、反政府デモをきっかけに司教の地位を捨てて政治の世界に飛び込んだ。

 当選後の演説では「右派でも左派でもなく、貧しい人々への約束を守りたい」と強調したが、政治手腕は未知数だ。社会に染みついた縁故主義や腐敗の風土をどう克服するか、民衆の期待に応える新鮮な政治を期待したい。

 南米では大きな選挙があるたびに左派の勝利が続いている。ボリビア、エクアドル、そしてパラグアイだ。背景には、政権による経済政策の失敗がある。国際通貨基金(IMF)主導で各国とも緊縮財政や民営化などを進めた。インフレは抑え込んだものの貧富の差が広がり、民衆の反発を呼んだ。

 ひとくちに左派といっても、路線は一様ではない。ベネズエラのように反米主義と資源ナショナリズムを掲げる急進派もあれば、ペルーやブラジルのような穏健派もある。

 はっきりしているのは、米国の影響力の低下だ。米国は長年、左翼ゲリラ封じや麻薬対策で各国と協力してきたが、いまや親米政権と言えるのはコロンビアだけになってしまった。

 ブッシュ政権はそのコロンビアと自由貿易協定をめざしたが、民主党の反対で暗礁に乗り上げている。麻薬対策の拠点だったエクアドルにある空軍基地は、来年末に返還を求められており、使用延長の見込みはない。

 米国の影が薄くなったのと対照的に、ブラジルを中心に地域の自立志向が高まっている。南米は石油や鉱物資源に恵まれているうえ、小麦や牛肉などの食糧生産基地でもある。それを目指して中国が外交を活発化させ、存在感を増している。

 「米国の裏庭」と呼ばれたのは、ひと昔前の話だ。グローバル化した経済構造の上で資源や食糧で世界の需給のカギを握るプレーヤーになっている。

 地球の反対側のそんな流れに、私たち日本人はもっと鋭敏であっていい。

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