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2008年05月10日(土曜日)付

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宇宙基本法―あまりに安易な大転換

 宇宙の軍事利用に積極的に道を開く宇宙基本法案が、衆院の内閣委員会で可決された。ねじれ国会の中、自民、公明の与党に民主党も加わった議員立法で、今国会で成立する見通しだ。

 法案は宇宙開発の目的として「我が国の安全保障に資する」との文言を盛り込んだ。「平和の目的」に限るとした1969年の国会決議を棚上げし、宇宙政策の原則を大転換させるものである。

 約40年前の国会決議のころとは宇宙をめぐる事情は様変わりした。多くの国が軍事衛星を打ち上げている。自衛隊も事実上の偵察衛星である情報収集衛星をすでに使っている。核とミサイルの開発を進める北朝鮮の動向を探るためなら、宇宙から情報を得ることに多くの国民が理解を示すだろう。

 それでも、国会決議は自衛隊の衛星利用に一定の制約になってきた。政府は情報収集衛星を自衛隊に持たせず、内閣府の管轄にしてきた。情報収集衛星の解像能力も、民間で一般的な水準に抑えられてきた。

 今回の基本法は、現状を追認するばかりでなく、そうした制約も取り除いてしまおうというものだ。

 ところが、そうすることによる国家としての得失はどうか、自衛隊の活動にどんな歯止めをかけるのか、といった論議は抜け落ちたままだ。しかも、たった2時間の審議で可決するとは、どういうことか。あまりに安易で拙速な動きである。

 基本法が成立すれば、自衛隊が直接衛星を持ち、衛星の能力を一気に高める道が開ける。それにとどまらず、将来のミサイル防衛に必要な早期警戒衛星を独自に持つことができたり、様々な軍事目的での宇宙空間の利用が可能になったりする。

 だが、内閣委員会で、提案者の議員は具体的な歯止めについて「憲法の平和主義の理念にのっとり」という法案の文言を引いて、専守防衛の枠内であるという説明を繰り返しただけだ。

 基本法の背景には、日本の宇宙産業を活性化したいという経済界の意向もある。衰退気味の民生部門に代わり、安定的な「官需」が欲しいのだ。

 だが、宇宙の軍事利用は、日本という国のありようが問われる重大な問題である。

 衛星による偵察能力の強化は抑止力の向上につながるという議論もあるだろうが、日本が新たな軍事利用に乗り出すことは周辺の国々との緊張を高めないか。巨額の開発、配備コストをどうまかなうのか。宇宙開発が機密のベールに覆われないか。そうしたことを複合的に考える必要がある。

 国民の関心が乏しい中で、最大野党の民主党が法案の共同提案者になり、真剣な論議の機会が失われているのも危うい。

道路特定財源―何のための4カ月だった

 この4カ月間、与野党が激しく対立してきた道路特定財源の問題が、決着に向けていよいよ最終局面を迎えた。

 「3月末に私が一般財源化を提案してから1カ月半、民主党が協議に応じて修正案を出してくれないかと待ち焦がれていた」

 きのうの参院委員会で、福田首相はこんな恨み節を民主党にぶつけた。特定財源をあと10年間維持する特例法改正案が、野党の反対で否決される直前の答弁だ。

 週明けには本会議でも否決される。与党はもちろん、衆院で3分の2の多数を使って法案を再可決する方針だ。

 実は、私もこんな法案を無理に成立させたくはないのだ。首相が言いたかったのはそういうことかもしれない。

 特例法改正案は、首相の公約と明らかに矛盾している。首相は今年度限りで特定財源を廃止し、来年度からは一般財源化すると言っているのに、10年間続けると書かれているのだから。

 素直に考えれば、「今年度に限り」と法案を修正するのが最も分かりやすい。実際、自民党や公明党の一部にはそうした主張があった。

 その修正をしないまま押し切る責めは、政府・与党が負うべきものだ。民主党に責任を押しつけるかの言いぶりはいただけない。与党から修正を提案すればいいだけの話である。

 首相は委員会で「道路関係の予算が執行できなければ、地方に迷惑をかける」と強調した。確かに、法案が通らなければ、特定財源から地方に回す7千億円の臨時交付金がストップしてしまう。自治体は困るだろう。

 ならば、臨時交付金の部分だけ切り離して成立させたり、税収を地方に回す別の方法を講じたりして、野党の歩み寄りを促す手もありえたはずだ。

 いまの民主党が早期の衆院解散・総選挙を目指して対決路線に傾き、妥協の機運に乏しいのは事実だ。それをどう引き込むか、首相の方から二の矢、三の矢を繰り出して当然だったのに、法案死守に凝り固まってしまった。

 道路族を刺激したくはなかったろうし、政府提案の法案は修正しない慣例へのこだわりもあったに違いない。

 衆院で再可決できるまで、60日間じっと待てば、あとは「数の力」で押し通せる――。そんなおごりを見て取ったのか、朝日新聞の世論調査では道路に関する再可決は極めて評判が悪い。

 ガソリン暫定税率復活の再可決について、54%が「妥当でない」、29%が「妥当だ」と答えた。道路特定財源を維持する特例法改正案では、再可決を「妥当でない」と答えた人は59%、「妥当だ」という人は28%だった。

 首相の説明に納得していないということだろう。政府は来年度からの一般財源化方針を閣議で決めるというが、それで説得力が増すものだろうか。

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