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【社会】

反発と絶望 極論生む フリーター『戦争を希望』

2008年5月3日 朝刊

 「自分は今でも戦争を求めている」。赤木智弘さん(32)は、きっぱりと言った。「戦争で死ぬのと経済的理由で死ぬのは、自分にとって同じこと。今のままでは、どうせ寿命はまっとうできない」

 栃木県佐野市のファミリーレストラン。昼下がりの店内には女性のおしゃべりが響き、窓の外は買い物客が笑顔で行き交う。

 年収約百五十万円。地元のコンビニで働く赤木さんは一昨年暮れ、「31歳フリーター。希望は、戦争。」という論文を月刊誌に発表した。「非正規労働者がはい上がれない社会が続くのなら、戦争で大勢の正社員が死なない限り、自分は正社員にはなれない」。極論を真っ向から世間に突き付け、多数の知識人らから「格差社会の不満のはけ口に戦争を希望するとは暴論」などと批判を浴びた。

 一九九六年にコンピューター専門学校を卒業したが、バブル崩壊後の就職氷河期で職に就けなかった。一、二年のつもりで始めたフリーター生活は十年以上に。実家暮らしだが「年老いた父親が働けなくなれば、生活の保障はない」と言う。

 過酷な人員削減を経て、産業界は戦後最長の好景気に転じても非正規雇用を増やし続けた。今や労働者の三人に一人が非正規。格差と不安が急速に広がる。

 神奈川県相模原市の派遣社員斉藤要さん(24)は、インターネットで赤木さんについて論じ合う「掲示板」を主宰する。派遣先企業での仕事はホームページのデザイン。月給十四万円で昇給はない。

 昨年、掲示板のメンバーと会合を開いた。「おまえはまだ恵まれている。オレなんか…」と、貧困を嘆き合う場になったという。「今の生活から抜け出そうとしても、皆どうしていいか分からない。自分も、ある会社の面接で、携帯電話を持っていないだけで落とされた。『いっそ戦争でも』と思ってしまう」。斉藤さんは伏し目がちに語った。

 「赤木さんは被害者意識が強いと思う」

 団塊世代の大量退職で空前の売り手市場といわれる中、就職活動に飛び回る東京都の法政大四年、西正光さん(21)は続けた。「でも自分も同じ境遇だったら、『世の中がひっくり返ってほしい』と考えるかもしれない」

 西さんが、赤木論文で共感したくだりがある。貧困にあえぐ人たちに「世間は『努力が足りないからだ』と嘲笑(ちょうしょう)を浴びせる」−。

 西さんはある食品メーカーに応募書類を送った時、一橋大四年の友人と志望動機などを一字一句同じに書いたら、友人にだけ面接通知が来た。「安定した地位にいる人が口にする『努力』って、一体何だ?」と思った。

 「今の好景気で正社員になれた学生も、人件費を削るうまみを知った企業には将来のリストラ候補」と赤木さんは断じる。「だから『一部の人間を犠牲にするような社会体制に変化を』と呼び掛ければ、正社員の彼らも分かってくれるはず」と言う。

 極論の奥に渦巻く世の中への反発と絶望。二極化する社会で息苦しさがいっそう増す。 (菊谷隆文)

    ◇

 急速に広がる格差と貧困、「個」への支配を強める政府、脅かされる表現の自由…。平和で文化的な生活という憲法の理念が遠ざかっていく今を、六十一回目の憲法記念日を機に考えてみた。

 

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