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山口・光の母子殺害:弁護団バッシング、報道規制の懸念生む--テレビ番組の功罪

 山口県光市の母子殺害事件差し戻し控訴審で、広島高裁は22日、事件当時18歳30日だった元少年(27)に死刑判決を言い渡した。この裁判では弁護団が激しいバッシングにさらされ、放送倫理・番組向上機構(BPO)が判決前、テレビ報道を批判する意見書を出した。一連の経緯を検証した。【上村里花、安部拓輝、矢追健介】

 ◇新供述に世論反発

 「ドラえもんが何とかしてくれると思った」「精子を入れるのは生き返りの儀式」

 差し戻し控訴審で元少年は、起訴事実をほぼ認めた1、2審では語らなかった供述を始めた。新供述は即座には信じ難い内容だとして、センセーショナルに報道され世論の激しい反発を招いた。

 特に昨年5月、橋下徹弁護士(現大阪府知事)がバラエティー番組で「弁護団を許せないと思うんだったら、弁護士会に懲戒請求をかけてもらいたいんですよ」と発言したことで、弁護団に「怒りをぶつける道筋」がついた。全国で懲戒請求が相次ぎ、07年末までの請求件数は8095件に上った。昨年10月まで弁護団の一人だった今枝仁弁護士(広島弁護士会)は「夜道を一人で歩くのが怖かった」と打ち明ける。

 日本弁護士連合会によると、弁護士への懲戒請求は06年の1367件が最多。8000件超の請求は極めて異例だ。

 こうした事態を受け、大学教授らでつくる「『光市事件』報道を検証する会」は昨年11月、「一方的な弁護士批判や事実誤認、歪曲(わいきょく)などで視聴者に誤解を与えた」として、BPOに審理を申し立てた。

 懲戒請求は今年3月までに各弁護士会が「適正な刑事弁護」と結論付け、懲戒しないことを議決した。判決後の記者会見で岩井信弁護士(第二東京弁護士会)は「なぜ(被告が)供述を一変させたのかについての客観的報道がなかった」と報道に疑問を投げかけた。

 ◇積極的な遺族発言

 事件がここまで注目されたのは、赤ちゃんの命も奪われた残虐性に加え、遺族の本村洋さん(32)が積極的にメディアで発言したことが大きい。特に06年3月、交代した弁護人が最高裁の弁論を欠席し、「これほどの屈辱は初めてだ」と憤る本村さんの姿が放送されたことは、「弁護団VS遺族」の構図を生む契機の一つにもなった。

 しかし、弁護団や裁判所に脅迫状や銃弾が送りつけられたことなどに本村さん自身は戸惑い、個別取材を控えるようになった。差し戻し審判決直前の19日の記者会見では「弁護団と私(遺族)という対立軸は裁判の構図ではない。報道が(脅迫状などを)誘発したのであれば痛恨の極み」と述べた。現在は言葉を慎重に選び、意図が誤って伝わらないよう考えながら発言しているという。

 一方、従来の加害者中心の報道がこの10年で変わったとも話し、「犯罪報道が被害者の現状を照らし、被害者支援の法整備の後押しをしてくれた」と評価した。その上で「被害者と加害者・弁護側の意見を平等に伝え、社会に訴えるのは必要なこと。メディアの方も日々迷いながら報道してほしい」と求めた。

 ◇「報道、無罪の力に」

 事件報道の在り方を巡っては、09年から始まる裁判員制度への影響を懸念する声も出ている。

 昨年9月に、最高裁参事官が「事件報道が裁判員に予断を与える」と発言、報道規制の必要性を示唆した。光母子事件報道について、意見書を出した「放送倫理検証委員会」メンバーの服部孝章・立教大教授は「特にテレビは取材しやすいところだけ取材し、分かりやすい本村さんの発言は報道するが、弁護団の言い分はあまりやらない。メディア規制される余地を残した」と指摘する。

 戦後の代表的な冤罪(えんざい)事件「八海(やかい)事件」で3回の死刑判決を受け、最高裁による3度目の判決で無罪が確定した阿藤周平さん(81)=大阪市此花区=は「検察や判決の誤りを新聞が指摘してくれたことが、無罪確定の大きな力になった。報道は公正な裁判に必要だ」と事前規制に懸念を示す。それでも光母子殺害事件については「一連の報道は感情的すぎると思った。残念だ」と語る。

 ◇犯罪被害者報道に一石--元共同通信編集主幹・原寿雄氏の話

 光母子殺害事件では、被害者遺族の死刑を求める強い声にマスコミの大勢が同調し、判決も世論に逆らえなかったのでは、と感じた。この傾向が進めば裁判は、西部劇のような大衆的リンチに逆戻りしてしまいかねない。また、被害者側は被告が犯人との前提で発言するが、「判決確定まで無罪推定」という司法の原則に反することを報道陣は重く考えたい。

 被告の人権ばかり重視されるという批判も、この際再考すべきだ。強大な権力を持つ検察と立ち向かう被告・弁護人側は、決して対等ではない。その検察に被害者の声が加わり、マスコミが心情的に同調して被告・弁護団を非難攻撃することが常態化したら、裁判の公正は脅かされてしまう。 放送倫理検証委がテレビ局に出した意見は、感情的、一方的な放送を戒めるとともに、犯罪被害者に寄り添う報道が抱える課題を突きつけたと思う。

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 ◇BPOの意見書、報道姿勢を批判

 BPOはNHKと民放が共同で設置した放送界の第三者機関。放送倫理検証委員会は外部識者10人で構成し、放送倫理上の問題があると判断すれば勧告や見解を出す。

 光市事件については今月15日、NHKや民放などの延べ33番組について「被告や弁護人を批判するニュアンスが濃く、公平性や正確性に欠けた」と結論づける意見書を発表。「被告の一見荒唐無稽(こうとうむけい)にしか思えない発言の真意が何であるかについての取材や解説がない。被害者遺族に同情・共感するだけではすまない番組制作者の役割がある」と報道姿勢を批判した。

 ◇検証しなおす 指摘あたらない--分かれる放送局の反応

 BPOの意見書に対してテレビ各局の反応は分かれる。情報番組を含めて問題視された局が真摯(しんし)に受け止めたのに対し、報道番組だけを指摘された局は「指摘は当たらない」と否定した。

 日本テレビの久保伸太郎社長は「どうしたら社会に受け入れてもらえるか探っていく」とし、君和田正夫・テレビ朝日社長も「重い内容を含んでおり、報道局で研修会を開き、編成制作部門でも勉強会を開いた」と神妙に応じた。「これからの裁判報道のあり方の検討を進める」(井上弘・TBS社長)、「検証し直し、今後も心して裁判報道をする」(豊田皓・フジテレビ社長)と、裁判員制度開始を意識した発言をする社もあった。

 一方、報道番組のみを指摘されたテレビ東京は、「報道局で検証し勉強会も行ったが、指摘のものはなかった」(島田昌幸社長)と主張。日向英実・NHK放送総局長も「指摘は当たらない。(情報番組を含めた)総体としての意見だった」と報道番組に問題はないとの見解で、ニュース担当部署での検証も行っていないという。【丸山進、岩崎信道】

 ◇制作現場「自分の首、絞めている」

 番組制作現場にも意見書を肯定する声がある。光市事件を取材している民放番組のスタッフは「弁護団側を3カット放映しようと企画しても(上層部などの判断で)1カットに減らされることがあった。(一連の報道を)上層部は『ちゃんとやっている』と思っているから、BPOの指摘を何とも思わないでしょうけど」と現場の空気を語る。裁判員制度との関連でも「テレビ各社は自分の首を絞めているようなもの。報道規制がかかったら、困るのは自分たちなのに……」。

 一方、ある番組担当者は、コメンテーターの人選に「(弁護団サイドで語ってもらおうとしても)テレビでは勘弁してくれという感じで断られた。世論に配慮している人が多い」と回答。バランスの取り方に苦慮する様子をうかがわせた。

毎日新聞 2008年4月28日 東京朝刊

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