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  ▼ 記者の視点
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硫化水素自殺で考える報道の問題点
WHOの声明に学ぶ自殺報道の在り方
2008.4.23

 2月ごろから、家庭用洗剤などを混ぜて硫化水素を発生させ、自殺を図る事件が続いている。自殺を図った人が、インターネットの自殺サイトから自殺方法の詳細な情報を得ていたことや、硫化水素で家族や近隣住民まで被害が広がった例があったことなど事件の特異性の高さから、メディアが一斉に報じた。特に今月初旬には、連日のように一般紙の硫化水素自殺報道が続いた。

 報道が過熱したこともあり、政府レベルの会議でも、自殺報道の在り方について意見が交わされている。「報道各社に自殺報道に関する社内ガイドラインを策定してもらうべきだ」「報道の自由があり、ガイドラインの策定は難しい。むしろ、記者にWHOの『自殺予防の手引き』を周知させ、継続的にメディアと対話していくべきだ」といった具合に、さまざまな意見が出されている状況だ。

◎ 自殺方法の報道は禁忌

 メディアは報道の在り方を一歩間違うと、潜在的に自殺の危険性を抱えている人を自殺に踏み切らせてしまう可能性がある。

 歴史的には、ドイツの詩人ゲーテが1774年に発表した小説「若きウェルテルの悩み」のケースが有名だ。この小説の中で、主人公はかなわぬ恋に絶望し、ピストル自殺する。この本が出版された後、多くの若者が同じ方法で自殺した。これが、メディアと自殺の関係を表す最も古い事例だと言われている。

 このほかにも、メディアと自殺の関係性を示す事例としては、アイドルなど著名人の自殺後に後追い自殺するケースが挙げられる。また、自殺方法を詳しく掲載したり、自殺しやすい特定の場所を報道したりすることも、自殺へのアクセスを高めてしまう危険性が高い。練炭自殺の報道などがこの代表例だ。

 自殺報道の在り方については、世界保健機関(WHO)が2000年に声明を発表している。メディアがさらなる自殺を呼び起こさないようにするため、報道してはいけないことや、逆に積極的に協力できることなどを列挙している。この声明の日本語訳がいくつか作成されており、インターネットで誰でも閲覧できる。

 WHOの「自殺予防の手引き」に記されている代表的な点を紹介しよう。まず、配慮すべき点としては、<1>著名人の自殺には注意深く対応し、自殺手段、自殺現場の写真、遺書などを公表しない<2>センセーショナルに報道しない<3>自殺方法の詳細や、ツールの入手方法などの記述は避ける<4>特定の自殺場所(橋、がけ、高い建物、鉄道など)の報道を控える<5>自殺の原因を単純化して報道しない―などが挙げられる。

 逆に、自殺予防の観点でメディアが協力できることも指摘している。<6>自殺未遂者に身体的な後遺症が出る可能性があることを掲載する<7>公共施設や民間サービスなど相談可能な施設の連絡先を掲載する<8>自殺の前兆となる危険信号を報じる<9>うつ病などの精神疾患と自殺が関係していることや、うつ病が治療可能な病気であることを伝える<10>報道の際に保健専門家と密接に連動する―といった具合だ。

◎ 自殺サイトを目立たせる結果に

 さて、一般紙の報道を読むと、全体的には周囲の住民が巻き添えになり、後遺症が出る可能性があることに警鐘を鳴らす内容が多い。この点からは、WHOの声明に対する配慮が感じられる。

 ただ、硫化水素という新手の自殺方法が特徴であるため、新聞社によっては、硫化水素の致死量や、使用した薬剤の量など、詳しい情報を記載してしまったところもあった。この点は、もっと報道内容を吟味する必要があったのではないか。

 また、短期間に硫化水素自殺の報道が相次いだことで、注目度が高まり、結果的に市販の洗剤で自殺できることや、自殺サイトにその方法が書かれていることを世に知らしめてしまった。2月中旬以降、インターネットを監視している民間団体などが対応に当たっているが、掲示板などによる情報の拡散を防ぎきれないのが現状だ。

 自殺のリスクを高めないように配慮しつつ、適切に報道するにはどうしたら良いか。メディアはもっと自問自答しなければならない。(佐下橋 良宜)



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