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2008年04月25日(金曜日)付

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北京五輪―いよいよ、聖火が走る

 100人を超える警察官が囲み、火を守るという。世界を回る北京五輪の聖火リレーがあす、長野を走る。

 出動する警察官は全体で3千人になる。もともと予定された人数の6倍という物々しさである。

 この1カ月間、中国のチベット政策をめぐり、聖火リレーが抗議行動にさらされ、世界各地で混乱が起きていることを考えれば仕方あるまい。

 聖火リレーは、アジアで3番目となる北京五輪を盛り上げるのが狙いだ。13億人の人々が暮らす国に聖火がともり、スポーツの祭典が開かれる意義は大きい。なんとか成功してほしいというのが、日本も含め世界の多くの人たちの気持ちだろう。

 その一方で、中国政府がチベット自治区などで僧侶や住民を力ずくで押さえ込んでいることに黙っているわけにはいかない。これも国際社会の思いである。

 ところが、中国政府は「チベットは国内問題であり、犯罪行為がチベット側にあった」として耳を貸そうとしない。ダライ・ラマ14世との対話を進めるどころか、ますますかたくなだ。

 そんな中で心配なのは、中国の人たちが各国の批判に不満を募らせていることだ。欧州資本のスーパーに押しかけ、外国製品の不買を呼びかけるなどの抗議行動が広がっている。

 聖火リレーに対する暴力ざたや大きな混乱が長野で起きれば、複雑な過去を持つ日中関係だけに、中国人のナショナリズムに火をつけかねない。

 言論や表現の自由は保障されねばならないが、聖火リレーに抗議する人も逆にもり立てようという人も、その方法には節度を持ってもらいたい。

 それにしても、これだけ巨大なイベントとなると、政治と切り離すことの難しさを改めて痛感する。五輪の開催は国家の威信をかけてのことが現実だ。それぞれの国や民族の事情を背負う選手が、五輪を舞台に自らの主張を訴えようと考えても不思議はない。

 振り返ってみれば、そもそも政治とは無縁だった大会の方が珍しい。

 競泳の前畑選手が金メダルを取った36年のベルリン大会は、ナチスの宣伝に徹底的に利用された。

 中国が台湾問題を理由に開幕直前に参加を見送った56年のメルボルン大会。テロでイスラエル人選手らの命が失われた72年のミュンヘン大会。冷戦下で東西両陣営のボイコット合戦にさらされた80年のモスクワ、84年のロサンゼルスの両大会……。

 主役は選手だとしても、世界の人たちの記憶には、競技場外の事件や国際社会の争いと合わせて刻まれていく。それが五輪なのかもしれない。

 混乱をできるだけ抑えつつ、五輪の意味やあり方を改めて考える。長野の聖火リレーを、そんな機会にしたい。

米国産牛肉―牛丼ファンを泣かせるな

 米国から輸入された牛肉に、またまた問題が見つかった。商社を通して牛丼最大手の吉野家に納入されたバラ肉700箱のうち、1箱に背骨付きの肉が入っていた。

 日本と米国の間では、牛海綿状脳症(BSE)の危険を減らすため、背骨などの部位を取り除いて輸出する約束になっている。

 だが、米国内では背骨付きのまま売られているので、国内向けのが箱詰めのミスで紛れ込んだらしい。そうした判断から、日本政府は米国産の輸入を全面的に止める必要はないものの、輸入時の検査は強化するという。

 危険のある肉が出回ることはなく、一般の消費者が心配することはないだろう。しかし、同じようなことが、なぜこうも繰り返されるのか。

 米国でBSEに感染した牛が見つかり牛肉の輸入を03年末に止めたが、2年後の05年末に再開した。原因物質がたまりにくい生後20カ月以下の牛に限り、背骨や脳など危険のある部分を取り除くのが、輸入再開の条件だった。ところが、わずか1カ月後に、背骨が混じる違反が見つかった。

 このときは、こうした条件を守れる態勢が米国で整っているのか不安もあって、ただちに輸入が全面的に停止された。態勢を確認して約半年後に再々開され、1年半になる。

 今回は単純な作業ミスだとしても、ほかにも同様の間違いが起きるおそれはないのか。疑念がわく。

 なぜこんな間違いが起きたのか、米国側はきちんと解明して再発防止策をとる。それを日本の消費者に説明し、理解を求めなければならない。消費者の信頼を回復しなければ、冷え込んだ消費も回復しようがない。

 一方、米国は日本への輸出を拡大するため、月齢制限を全くなくすことを昨年から求め、日米政府間で協議が続いている。日本側は「30カ月未満」で応じる考えだったが、肝心の消費者にそっぽを向かれたのでは、条件を緩めても意味がないだろう。

 米国側には、米国人が食べているのになぜ日本では売れないのか、という疑問があるかもしれない。

 米国では、30カ月未満なら、危険のある部分でも除く必要はない。BSEの最も多い欧州でも制限は徐々に緩められ、24カ月未満なら、背骨のついたTボーンステーキも食べている。

 欧州に比べ、日本でのBSEの発生ははるかに少ない。日本の基準が世界一厳しいことは事実だ。すべての牛を調べる検査も世界一厳しい。リスクをとことん減らそうという考えに立っている、ということだ。

 そんな日本社会でさえ、いま食への信頼が揺らいでいる。消費者の信頼と納得を一歩ずつ得ていく以外にないことは、輸入、国産の別を問わない。

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