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正義のかたち:裁判官の告白/8止 求められる公正さ

 ◇量刑に悩み、眠れぬ夜も--人裁くのは、やはり人

 何物にも染まらず、公正に裁きを下す。裁判官が身を包む法服の「黒」には、こんな意味が込められていると言われる。

 元裁判官の神田忠治さん(73)は「裁判官は公正らしさが一番重要。法廷で泣いたりしたら、被告側に有利だと疑われかねない」と解説する。

 一方で、こうも言う。「能面に見えるかもしれないが、泣きたくなることはある。血も涙もないのは裁判じゃない」。死刑言い渡し後に涙ながらに控訴を勧めた裁判官もいる。

 白鳥事件の審理をきっかけに、証拠を厳しく吟味し、無罪判決も多く出した法政大法科大学院教授の木谷明さん(70)は「極悪非道と言われる被告でも人間には変わりない。何カ月も顔を見ていると情がうつるんですよ」と語る。それだけに、被害者・遺族が法廷で被告に質問などができる被害者参加制度(年内実施)を思うと「(被告と被害者の)両者のはざまのハムレット」と、裁判員を思いやる。「人を裁く」のは、やはり人しかいない。

 そして人は悩む。報道されないありふれた事件でも、執行猶予を付けるか否かで被告の人生は大きく左右される。時には眠れない思いをする、と言う元裁判官、荒木友雄さん(72)は、こんな経験を明かす。

 自分一人で判決を決める単独事件だった。前夜から寝ずに考えたが、決まらない。法廷に向かう廊下を歩きながら、まだ迷う。結局「被告の顔を見て決めよう、と。確か執行猶予にしました」。法廷のドアに手をかけた瞬間に決めた、と漏らす現役裁判官もいる。

 量刑の前提となる事実認定も悩みが深い。裁判員制度下でも、厳選されるとはいえ多くの証拠が提出される。「事実認定のためには資料を突き合わせる作業を、しっかりやるしかない」と、元裁判官の河上元康さん(70)。そうやって事実を見極め、熊本地裁八代支部時代、免田事件で死刑囚の再審無罪を言い渡した。

 とはいえ「事実認定の専門家ではない。びくびくしながらやっている」と漏らす元裁判官も。市民感覚が期待されている。

  ◇  ◇

 36年間務めた裁判官から居酒屋店主へ転身。庶民感覚を知る岡本健さん(75)は現役時代、人間味あふれる法廷で知られた。

 ある公判で、被告の妻が証言に立った時のことだ。乳飲み子を抱えて入廷した妻に「抱っこしてもらいなさい」と声をかけ、赤ん坊を被告に抱かせた。「本人だってうれしいし、奥さんも安心するでしょ」。もちろん判決に手心は加えない。

 居酒屋時代、報道された内容で有罪と決めつける客の会話が気になった。そんな目で事件を見ないでほしい、と伝えたい。

 「裁判はね、はっきり言えば被告のため。権力側が訴えて、本人に弁解の機会が与えられる。それで証拠を調べて判断するんです。結局、裁判は人が話すことを丁寧に聞く仕事ですから」=おわり

 この連載は、長野宏美、高倉友彰、銭場裕司、北村和巳(以上、東京社会部)、玉木達也(大阪社会部)が担当しました。

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 裁判員制度へのご意見や連載へのご感想をお寄せください。〒100-8051(住所不要)毎日新聞社会部「裁判員取材班」係。メール t.shakaibu@mbx.mainichi.co.jpまたは、ファクス03・3212・0635。

毎日新聞 2008年3月30日 東京朝刊

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