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2008年04月23日(水曜日)付

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母子殺害死刑―あなたが裁判員だったら

 勤め先から帰宅した本村洋さんは、押し入れの中で変わり果てた姿の妻を見つけた。生後11カ月の娘は天袋から遺体で見つかった。

 9年前、山口県光市で起きた母子殺害事件で、逮捕されたのは同じ団地に住む18歳になったばかりの少年だった。母親を殺害後に強姦(ごうかん)し、泣く幼子の首をひもで絞めていた。

 少年は広島高裁でのやり直し裁判で死刑を言い渡された。無期懲役の一、二審判決に対し、最高裁が「特に酌むべき事情がない限り、死刑を選択するほかない」と審理を差し戻していたので、死刑は予想できたものだった。

 被告・弁護側はただちに上告した。しかし、最高裁が差し戻した経過を考えれば、今回の死刑判決をくつがえすのはむずかしいだろう。

 少年は父親の激しい暴力にさらされ、母親は自殺した。判決は「被告の人格や精神の未熟が犯行の背景にある」としながらも、「動機や犯行態様を考えると、死刑の選択を回避する事情があるとはいえない」と述べた。

 この犯行のおぞましさや残虐さを見れば、死刑はやむをえないと思う人も少なくないだろう。

 一方で、もとの一、二審は少年に更生の可能性があるとして、死刑を避けた。多くの事件を扱っているプロの裁判官の間で判断が分かれたのだ。それだけ難しい裁判だったといえる。

 判断が難しい大きな理由は、少年が死刑を適用できる18歳になったばかりだったことに加え、被害者が過去の死刑事件よりも少ない2人だったことだろう。最高裁が83年に死刑を選択する基準を示してから、少年の死刑判決が確定したのは19歳ばかりであり、被害者は4人だった。

 その意味では、少年犯罪にも厳罰化の流れが及んだと言えるだろう。

 今回の事件が注目されたのは、本村さんが積極的にメディアに出て、遺族の立場を主張したことである。少年に死刑を求める、と繰り返した。

 被害者や遺族が法廷で検察官の隣に座り、被告に質問したりできる「被害者参加制度」が今年から始まる。被害者や遺族の感情が判決に影響を与えることが多くなるかもしれない。

 見逃せないのは、被告や弁護団を一方的に非難するテレビ番組が相次いだことだ。最高裁の審理の途中で弁護団が代わり、殺意や強姦目的だったことを否定したのがきっかけだった。こんな裁判の仕組みを軽視した番組づくりは、今回限りにしてもらいたい。

 1年後に裁判員制度が始まる。市民がこうした死刑か無期懲役か難しい判断も迫られる。事件は千差万別で、最高裁の判断基準を当てはめれば、機械的に結論が出るわけではない。

 自分なら、この事件をどう裁いただろうか。それを冷静に考えてみたい。

インサイダー取引―野村の担当者がやるとは

 証券業界のリーダーと自他ともに認める野村証券を舞台に、とんでもない事件が持ち上がった。

 こともあろうに、企業の合併・買収(M&A)を仲介したり助言したりする部署の社員が、M&Aの情報を公表する前に関連の株を売買して、暴利を得ていた。

 そんな疑いで証券取引等監視委員会が調査に乗り出し、東京地検特捜部が社員と知り合いの兄弟2人の計3人を逮捕した。

 この社員は、こうしたインサイダー取引を気づかれぬよう、別人名義で取引したり、2人の知り合いへ繰り返し極秘情報を流して売買させたりしてきたとみられる。徹底した追及と厳しい処罰が求められる。

 最近、証券市場のモラルを守るべき立場の人間がインサイダー取引に手を染める事件が目立つ。

 1月には、NHKの記者が企業提携の特ダネを社内システムから入手して取引していたことが表面化した。3月には、会計監査で最大手の新日本監査法人の元職員が、担当企業の内部情報を使って株取引していたことが発覚した。さらに、決算書など証券関係書類を印刷する会社の元社員がインサイダー容疑で逮捕されている。

 監視委がインサイダー取引の摘発に力を入れているのは、公正な証券市場をつくるうえで大切だからだ。しっかり目を光らせてもらいたい。

 それにしても今回の事件は重大だ。証券会社には公正で自由な証券市場を守り育てていく使命がある。経済活動の基盤となる証券市場は国民共有の財産であり、市場が発展しなければ証券会社の商売も成り立たない。それを傷つけたことになるからだ。

 しかもM&A案件は、証券会社が欧米のライバルと競うため、柱に育てようとしている分野である。そこでの情報を悪用することは、自らの業務展開を閉ざすことにもなる。

 米国発の金融不安で昨年夏から世界の市場が揺れている。その影響は日本の株式市場で最も強く表れており、景気の先行きが心配されている。

 そんななか証券業界の盟主で起きたこの事件は、日本の証券市場に対する世界の評価を悪化させかねない。野村証券の責任は極めて大きい。

 証券会社や上場会社はインサイダー取引を防止するため、業務の手続きやコンピューターシステムを整備してきた。しかし、M&Aを担当する証券マンが自ら極秘情報を悪用するのでは、どんな防止策も無力だろう。職業倫理しか歯止めにはならない。

 野村は若手社員にどのような教育をし、職業倫理を確立しようとしてきたのか。信頼を失墜させた経営陣の責任は重大だ。経営陣は徹底して点検し、再出発しなければならない。

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