イラク空自違憲の判断 政府の理屈の矛盾突く2008年04月18日06時02分 周辺でゲリラ攻撃や自爆テロが頻発しても、航空自衛隊の輸送機が離着陸するバグダッド空港は「非戦闘地域」。戦地への自衛隊派遣と憲法とのつじつま合わせのために政府がひねり出した理屈の矛盾を、名古屋高裁が突いた。空自の活動は来年7月に期限切れを迎えるが、違憲判断で派遣継続のハードルが高まった。
■あいまいな「非戦闘地域」 「政府は総合的な判断の結果、バグダッド飛行場は非戦闘地域の要件を満たしていると判断している。高裁の判断は納得できない」。町村官房長官は17日の記者会見で、あからさまに不満を示した。 高裁判決は「バグダッドは、国際的な武力紛争の一環として行われる、人を殺傷し、物を破壊する行為が現に行われている。イラク特措法にいう『戦闘地域』に該当する」と指摘。空自の活動はイラク復興支援特措法にも憲法9条にも違反するとした。 政府はバグダッド全体が戦闘地域か非戦闘地域かの判断はしていないが、少なくとも「バグダッド空港と輸送機が飛ぶ経路は非戦闘地域」(防衛省幹部)と認定している。 町村氏は会見で、「バグダッド飛行場には商業用の飛行機が多数出入りしている。本当に戦闘地域で、俗な言葉で言うと、危険な飛行場であれば、民間機が飛ぶはずがない」と反論した。 高裁判決は戦闘地域であるバグダッドに多国籍軍の武装兵員を輸送することは「武力行使と一体化する」とも指摘したが、政府は「そもそも非戦闘地域だし、武力行使と一体化するものではない」(町村氏)との立場だ。 ただ、あいまいな「非戦闘地域」という概念は、イラク派遣をめぐるこれまでの国会審議でも、たびたび大きな論争を巻き起こしてきた。 政府はイラクへの自衛隊派遣が憲法9条に違反しない根拠として、「非戦闘地域への派遣」を挙げてきた。だが、非戦闘地域と戦闘地域の区別を聞かれた当時の小泉首相は「どこが戦闘地域で、どこが非戦闘地域か、私に聞かれたってわかるわけない」。さらには「自衛隊が活動しているところは非戦闘地域だ」との答弁まで飛び出した。 政府は「戦闘」を「国または国に準ずる者による組織的、計画的な攻撃」と定義し、自衛隊や米軍などが攻撃を受けて反撃しても、「国家かそれに近い組織」が相手でなければ、その地域は「戦闘地域」にはあたらないとした。「弾が飛び交う状態でも戦闘地域ではない」との論法も成り立ってしまう。 今回の判決は、この矛盾点を指摘した。武装勢力の攻撃や、米軍の度重なる掃討作戦を理由にバグダッドを「戦闘地域」と断定。「バグダッドへの空輸は、他国による武力行使と一体化した行動で、自らも武力行使を行ったとの評価を受けざるを得ない」とした。 特措法策定にかかわった政府関係者は「『非戦闘地域』の概念は(インド洋で給油活動をする)テロ対策特措法にも盛り込まれた。だが、イラクの治安がここまで悪くなるとは予想できず、結果的にこの概念が大論争を招いた」と漏らす。 ■特措法延長に障壁 「それは判断ですか。傍論。脇の論ね」 福田首相は17日夜、名古屋高裁の違憲判断への感想を記者団に聞かれ、こう語った。そして、空自の活動について「問題ないんだと思いますよ」と言った。 06年7月に陸上自衛隊をサマワから撤退させた後も、日本政府はイラクでの空自活動を継続してきた。「日米同盟維持と国際貢献の観点から、当面、活動を続ける必要がある」との判断で、イラクでの空自は「日米同盟の象徴」の役割を引き受けてきた。 それだけに政府は、違憲判断にかかわらず、「(空自の活動を)今の時点で見直す考えはない」(増田好平防衛事務次官)との立場だ。 ただ、自衛隊のイラク派遣に反対してきた野党側は勢いづく。民主党の菅直人代表代行は17日の記者会見で「非戦闘地域の判断が、しっかりやれていなかった」と批判。そもそも「非戦闘地域を線引きできるという発想がおかしい」(幹部)との意見が民主党内では大勢だ。 政府・与党は今年1月、インド洋での給油活動を可能にする補給支援特措法を、国会の大幅延長と衆院の3分の2再可決を使ってようやく通したばかり。イラク特措法が来年7月に期限切れとなることから、早くも「(苦労した給油継続の)二の舞いになることだけは避けたい」との声が出る。 そんななか、政府・与党が検討を進めているのが、自衛隊の海外派遣を随時可能にする一般法(恒久法)だ。 自民党は10日、イラク特措法と補給支援特措法、国連平和維持活動(PKO)協力法の3法を統合した形での法整備を目指すプロジェクトチーム(PT)を発足させた。座長の山崎拓・元幹事長は「今国会中に一般法の政府案を提出しないと間に合わない」と意欲を示す。 ただ、公明党が慎重姿勢を崩しておらず、与党間協議のめどすら立っていない。そのうえ、民主党も17日の判決を受け、「まだ一般法の議論をする時期ではない」(幹部)。今回の違憲判断は今後の一般法の議論にも影を落としそうだ。 ■緊張の離着陸、700回近い輸送 空自によるイラクでの空輸活動は、小牧基地(愛知県)から派遣された3機のC130輸送機が担っている。クウェートを拠点に、当初はイラク南部のアリとを結んでいたが、06年7月に初めて首都バグダッド、同年9月にはイラク北部アルビルの各飛行場への輸送を開始した。04年3月の活動開始から4年。派遣が5回目となる隊員もいる。 これまでの派遣隊員数は延べ約3千人。クウェートとイラク国内の3空港との間を週4〜5日結び、輸送回数は総計694回、運んだ物資の量は約600トンに上る。15次となる派遣隊は3月10日と4月14日に派遣されたばかりだ。 空輸活動では、米軍など多国籍軍の兵士や国連要員、武器・弾薬以外の物資を運ぶとされているが、日本政府・防衛省は詳細を明らかにしていない。差し止め訴訟の原告らによる空輸実績の開示請求でも、開示資料はいずれも日付や内容の部分が「黒塗り」の状態だった。 日本政府は「バグダッドなどの空港は非戦闘地域」としているが、実際は「飛行場の離着陸時に地上から攻撃を受ける危険性が高い」(自衛隊関係者)とされ、隊員の精神的負担は大きい。C130がイラク国内で離着陸する時には、通常時に比べて急角度での上昇や降下をすることで低い高度にいる時間を短くしているという。 バグダッドなどへの飛行では、C130に取り付けられたミサイル警報装置が鳴り、旋回やフレア(おとりの熱源)を出すなどの回避行動をとることもある。昨年12月、現地を視察した田母神俊雄・航空幕僚長もC130でバグダッド空港に着陸する間際、「ミサイル警報装置が鳴り、一瞬緊張した」と話した。 これまでの飛行で、C130が実際にミサイルの追尾を受けたことは確認されていない。しかし、05年には英空軍のC130が、バグダッド空港離陸後に地上からの攻撃を受けて墜落するなどの被害が出ている。 「空輸活動が武力行使になるのか」「インド洋の給油活動なども違憲になってしまうのではないか」。活動を続ける制服組は今回の判決にとまどう。ある自衛隊関係者は「判決に法的な効力がないなら活動にすぐに影響はないが、今後は政治で議論されるのではないか」と、判決の波及を懸念した。「活動を続ける隊員や家族がかわいそうだ」との声も漏れた。
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