硫化水素

1、どんな所で発生するか、

   1、石油精製工場での脱硫装置で、原油に含まれる硫黄分の除去工程で(水素化     脱硫法)で、貯蔵や、輸送パイプからの漏出事故で発生する。    2、化学実験室や研究室で、硫化水素ボンベからガス漏れで発生する。    3、硫化ナトリュウム等の、硫化物のタンクから発生する。    4、製紙工場で、古紙を亜硫酸ソーダ(亜硫酸ナトリュウム)を入れて蒸煮する貯留     槽から、硫酸還元菌の働きで、硫化水素が発生する。    5、廃棄物処理場から、嫌気的な状態で、細菌が含硫有機物を分解すると硫化     水素が発生する。特に、廃液や汚泥をかき混ぜたときに溶けていた硫化水素が     一気に発生して、中毒がおきやすい。      最近の産業廃棄物の安定型最終処分場では旧来の処分場よりは事故報告     が少なくなったものの、有機物が混在している状態で、地中が無酸素状態     になって細菌が含硫有機物を分解すると、硫化水素が、発生する。建築廃材     の石膏ボード等が硫化水素の発生源となる。雨が降った次の日に気温が上昇     すると、硫化水素が発生し易い。         汚泥処理場         皮革処理工場         魚の加工処理場         寒天製造工場         製紙工場         ゴミ焼却場の廃液処理施設、     などでも発生する。           6、火力発電所の冷却用海水取水路の導水管のなかで、貝類などが腐敗し、硫化      水素が、発生する。    7、白根山、殺生河原、地獄谷、福島県信夫高湯温泉、秋田県玉川温泉、富山県      地獄谷温泉、鹿児島県高千穂温泉、福島県の安達太良山、等で、火山性の      ガスや、温泉から噴出す硫化水素や、温泉の貯湯槽のなかに溜まっている      湯の花から硫化水素が発生する。    8、地熱発電の施設で硫化水素が発生する。    9、電話ケーブル用隊道工事や、下水管埋設工事などで、中毒事故がよく起きる。   10、シールド工法による下水道工事の切羽や、潜函工事掘削現場で硫化水素が      発生する。シールド工法では、潜函内を2気圧程度に加圧して工事を行うので、      高圧環境下での許容濃度は気圧分の1に厳しく設定されなければならない。   11、人造絹糸やセロファン工場では、紡糸眼病、外国では 'gas eyes' と呼ばれ、      硫化水素による目の粘膜の刺激、結膜炎、角膜炎、眼険浮腫、や気管支粘膜      の刺激、炎症、肺水腫、等が起こる。   12、製造工程で発生する硫化水素を苛性ソーダで反応させて硫化水素ナトリュウム     として回収している工場で、パイプに詰まったスケールを塩酸溶液で洗浄して     いて、発生した硫化水素で中毒したとか、硫化水素ナトリュウムを含む廃液を     酢酸が入っている廃液層に入れ、発生した硫化水素で中毒した。      このように、酸(胃酸)や水(粘膜)と反応して硫化水素を発生するものには、            5硫化リン、            硫化水素ナトリュウム            硫化アンモニュウム、            硫化カリウム、            2硫化珪素、            硫化カルボニル(酸化硫化炭素COS)、            多硫化カルシウム、(CaS5,CaS4,石灰硫黄合剤の主成分)            硫酸と次亜塩素酸ナトリュウム      などがある。   

2、作用と症状、許容濃度、

    硫化水素の毒作用は、局所作用と、全身作用がある。          局所作用 : 0.1ppmで腐卵臭を感ずる。刺激作用が強く、比較的             低濃度で、目の刺激、気管、気管支、の刺激、炎症、肺             水腫、と暴露時間に従って進行する。     生体は強力な硫化水素の解毒作用を持っているから 50ppm ぐらいまでなら    肝臓や酸素ヘモグロビンで酸化されて硫酸塩のような無害なものとなる。ここまで    は局所作用で収まる事が多いが、肺水腫が起こることもあり、安全と言うことでは    ない。肺水腫は、10ppm・48時間、60ppm・30分の暴露で起こる。     100〜150ppmになると臭覚疲労が起きて臭いを感じなくなるので危険となる。      全身作用 : 150ppm以上では、頭痛、吐き気、幻覚、意識混濁、呼吸困難、             呼吸麻痺、などの全身症状が現れ、30分〜60分で死に至る。     硫化水素は呼吸酵素であるシトクロム酸化酵素の Fe3+ と結合し、これを阻害    することで毒作用を表す。シアン(青酸ガス)とおなじく組織中毒性低酸素症(注1) を起こす代表的ガスである。     1000ppm では数呼吸で失神、昏倒、死に至る。ノックダウンと言われて失神    の衝撃で怪我までする程、急激な卒倒をおこし、ラベンダーブルーと言われる青色    のチアノーゼが表れることがある。助かった場合でも、大脳皮質の軽度萎縮を伴    う後遺症を残すことがある。        臭気閾値                   0.0081ppm        許容濃度                         ppm        短時間暴露許容濃度または天井値            10ppm        脱出限界濃度                    100ppm        喉の刺激、流涙、(粘膜刺激閾値)       150〜300ppm        人の致死濃度                600ppm ・ 60分                              800ppm ・  即死                              米国産業衛生監督官会議(ACGIH)が示す基準は 10ppm となっている。           旧環境庁では、硫黄泉や鉱泉のある施設に対し、入浴中の中毒事故防止の     ため、浴槽内の床から 70cm の高さで、10ppm という基準を設けている。     (注1)組織中毒性低酸素症 ; 細胞の呼吸酵素などの障害により、酸素が供給        されても組織がそれを利用できない状態をさす。電子伝達系に障害を与える        シアンや硫化水素、ホスフィン、アジド、などがある。

3、事故例、

    硫化水素の事故は死亡率が高く、多くの事故現場では助けに行った人も死亡    するという2次3次の災害が必ずと言って良い程おきている。    1、1995年川崎市の石油精製工場で、原油から硫黄分を取り除く回収装置の     手動弁を交換をしようとして硫化水素が噴出、30分後に噴出は止まったが、     48人が手当てを受け、4名が意識不明となり、うち1人が植物状態、残り3人     は死亡した。    2、1980年、茨城県の大学実験室で、硫化水素ボンベからガスが漏れている     のを発見、栓を締めようとした教授がその場で倒れ、まもなく死亡した。      1989年仙台市の大学付属研究所でも、ネジ込み式ボンベの蓋が吹き飛んで、     ガスが漏れ、2人が意識消失し、緊急入院した。    3、1985年大阪府で、硫化ナトリュウムタンクの清掃作業中、発生した硫化水     素中毒で 1人が死亡した。この時、口移し人口呼吸をしていた人も硫化水素     中毒で倒れた。    4、1987年福島県の工場で、酸化チタンの製造工程で、鉱石を濃硫酸と混合し、     硫酸チタンにする沈殿槽の残渣をスコップでつっいていて、溜まっていた硫酸塩     から発生した硫化水素を吸って作業員が、中毒した。    5、1986年福島県で、農薬や医薬品の原料である、5硫化リンの製造工程で、     残渣中の5硫化リンと水とが反応して、硫化水素が発生し、2人が中毒した。    6、製紙工場で古紙を再生するときに亜硫酸ソーダを入れて蒸煮するが、この貯留     層から硫酸還元菌の働きで硫化水素が発生する。こういう事故が、1982年青     森県、1985年福岡県、1987年愛知県で発生し、合計5人が中毒、うち     1人が死亡した。    7、汚泥処理場、皮革処理工場、魚の加工処理場、製紙工場、ゴミ焼却場の廃液     処理施設の事故は多い。1979年以降の10年間だけでも 53件 発生し、     117人が中毒、46人が死亡している。旧来の産業廃棄物の埋め立て処分場     では、建築廃材の石膏ボードが嫌気性菌により分解して硫化水素が発生して、     環境汚染に強いはずの蟻までもが列をなして死亡している例もある。    8、1999年静岡市の寒天製造工場で、汚泥槽の清掃に入った人が倒れ、助け     ようとした1人も倒れ、駆けつけた社長も中に入ったところタンク内で倒れ、意     識不明となった。駆けつけた消防署員も3人が中毒症状となった。   9、1999年福岡県の産業廃棄物の安定型最終処分場で水質検査をしていた研究員     が倒れているのを発見した人が、中に入って倒れ、それを助けようとした従業員     も次々倒れた。病院に運ばれたが、4人の内3人は死亡した。水質検査槽から     870ppm の硫化水素が検出された。硫化水素を中和するために撒布した水酸化     カルシウムと硫酸第一鉄が多すぎたために、硫酸イオンが有機物と反応して硫化     水素を発生したものと思われる。   10、1986年神奈川県、1987年栃木県で、温泉旅館の湯の花の貯湯槽の中で     発生した硫化水素で合計4人が死亡している。      温泉から吹き出る硫化水素で中毒する例では1976年群馬県草津で林間学校     の女子生徒と教師の計3人が死亡した。   11、1971年白根山麓スキー場で、スキーをしていた中高生6人がくぼ地に滑り     降りてきた途端、次々に倒れて死亡した。ほとんど即死であった。近くの万座     温泉スキー場でも、1973年にスキーヤー 1人が死亡している。      付近には殺生ヶ原とか地獄谷と言った地名も多く、火山性ガスの硫化水素     濃度は 80,000〜120,000ppm ある。   12、1983年福島県信夫高湯温泉で入浴中の女性客が中毒死した。ここでは、     1973〜1981年 の間に20歳以下の5人を含む11人が死亡している。     泉源と浴槽の距離が近く、空気がよどみやすい地形の硫化水素泉は注意が     必要だ。1989年鹿児島県でも、温泉脱衣場で、母と娘が死亡していた。     いずれも硫化水素中毒だった。      硫化水素の比重は1.19と空気より少し重いのですり鉢状になった凹地が     危ない。   13、1987年秋田県で、地熱発電設備の試験中に、滞留していた硫化水素で2人     が中毒した。   14、福島県安達太良山の火口付近を歩いていた人が火口に向かって下り始めた所、     突然倒れ、すぐ後ろを歩いていた2人も駆け寄ってたおれ、10数メートル離れ     た所から駆け寄った1人も倒れて死亡したが、10メートル先を歩いていた人は、     猛烈な頭痛と呼吸困難を感じて斜面を必死で駆け上がり、数秒の差で助かった。   15、1987年東京都で下水道の導水工事中に、硫化水素が噴出し、5人が意識     不明の重体、1人が死亡した。      1988年横浜の下水道工事現場では、深さ10メートルのマンホール内で、     1人の作業員が硫化水素中毒で死亡、消防署員を含む3人が意識不明の重     体となった。 ファイル作成 ファイル更新 2002;07;12                            戻る