中国のチベット自治区ラサで大規模な民族暴動が発生した。多数の死傷者が出たという。
国家の威信をかけた北京五輪が8月に迫り、中国の人権問題に対する国際的な関心も高まっている。民族暴動の武力鎮圧は解決にならない。そればかりかダルフール問題でくすぶっていた北京五輪ボイコット論を再燃させかねない。
おりもおり北京では「調和社会」の建設をかかげる胡錦濤氏が国家主席に再任された。胡主席の後継者の習近平氏は副主席に選ばれて、北京五輪指導小組の責任者に指名された。五輪の成功も、暴動の処理も、第2期胡錦濤政権の指導力が問われている。
今回の暴動の発端は、僧侶のデモに対する治安当局の弾圧だった。ダライ・ラマ14世がインドに亡命した「チベット動乱」から49年の10日、多くの僧侶がデモをした。当局がこの僧侶を連行した。これにチベット人民衆が怒り、漢民族の経営する商店を焼き打ちするなど暴徒化したという。
チベット動乱30周年の89年3月にもラサで暴動が起きた。その3カ月後が北京の天安門事件だ。軍事力で天安門広場のデモを制圧した中国は、その後世界から孤立した。あの悪夢を中国指導者はまさか忘れていないだろう。
いま情勢が不穏なのはチベットだけではない。東トルキスタン独立運動のある新疆ウイグル自治区でも最近、飛行機にガソリン入りの容器を持ち込んだ容疑で女性が逮捕されている。
民族問題と並んで貧富の格差に伴う社会不安も広がっている。北京ではテロ緊急対応司令部が設置された。人権擁護や民主化を主張する弁護士らが拘束されているという。
企業では、労働法制改正の余波で解雇撤回や賃上げを求める労働争議が広がっている。土地を強制収用された農民が補償を要求して抗議行動をしている。大富豪が増えた半面で、貧困階層は食料品などの物価高騰に悲鳴を上げている。
胡主席の提起した「調和社会」の建設は、これらの問題を解決する正しい方針である。
北京五輪の聖火リレーでは、チベットの聖山チョモランマの頂上にチベット族と漢族の合同登山隊が聖火を運ぶ。それなら、なぜ五輪の開幕式にダライ・ラマ14世を招待しないのか。
胡主席が貴賓席でチベット人の精神的指導者と語り合う度量を見せたら中国のメンツはつぶれるだろうか。その心配は無用だ。これこそ「調和」であり、中国のソフトパワーを高めることになる。
現在のダライ・ラマは独立論者ではなく高度の自治を求めている。その自治の範囲については五輪後にじっくり話し合えばいいことではないか。北京五輪を、災いを転じて福とする機会にすべきだ。
毎日新聞 2008年3月16日 東京朝刊