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2008年04月12日(土曜日)付

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ビラ配り有罪―社会が縮こまっていいか

 戦後の混乱の続くイラクに自衛隊が向かった04年1月、東京都立川市の防衛庁宿舎で、市民3人がビラを各戸に配った。

 ビラには「自衛官・ご家族の皆さんへ/自衛隊のイラク派兵反対!/いっしょに考え、反対の声をあげよう!」と書かれていた。3人のうち2人は翌月も別のビラを配った。

 宿舎からの被害届を受けた警察は3人を住居侵入容疑で逮捕した。3人は起訴された後も保釈されず、75日間も警察の留置場などに入れられるという異常な捜査だった。

 自衛隊派遣への反対運動を狙い撃ちした捜査としか思えなかった。

 3人は公判で、ビラ配りを住居侵入罪に問うことは、表現の自由を保障した憲法に違反すると主張した。

 しかし、最高裁は次のように述べて3人の主張を退けた。

 表現の自由は憲法で無制限に保障されたものではない。官舎は一般人が自由に出入りできる場所ではなく、管理者の意思に反して立ち入ることは住民の私生活の平穏を侵害する。

 これで罰金20万〜10万円の有罪が確定する。

 ビラが配られたのは、自衛隊のイラク派遣をめぐって世論が割れ、様々な論議が起きていたころだ。自衛官やその家族が派遣反対のビラをドアの新聞受けから入れられて動揺したり、いやな思いをしたりしたというのは、その通りかもしれない。知らない人が勝手に敷地に入ってくれば、不安になるのも無理はない。

 ビラを配る側も、1階の集合ポストに入れたり、宿舎前で配ったりする気配りをすべきだったろう。

 しかし、だからといって、いきなり逮捕し、2カ月余りも勾留(こうりゅう)したあげくに刑事罰を科さなければならないほど悪質なことなのだろうか。度を超した捜査や起訴をそのまま追認した最高裁には、失望してしまった。

 気がかりなのは、今回の最高裁判決で、ビラ配りなどがますますやりにくくなり、ひいては様々な考えを伝える手だてが狭まっていくのではないか、ということだ。これでは社会が縮こまってしまう。

 そうでなくても、このところ、言論や表現の自由をめぐって、息苦しさを覚えるようなことが相次いでいる。映画「靖国」が、トラブルを恐れる一部の映画館で上映中止になった。右翼の街宣活動を理由にホテルが日教組の集会を断った。

 だれもが自由に語り、自分の意見を自由に伝えることができてこそ、民主的な社会といえる。そこでは、自分とは異なる意見や価値観を認め合い、耳を傾けることも求められている。

 そんな寛容さや度量を社会として大切にしていきたい。

北朝鮮制裁―柔軟な使い方が肝心だ

 何も進展がない以上、継続せざるを得ないということだろう。政府はきのう、北朝鮮に対する独自制裁をさらに半年間、延長すると決めた。

 貨客船「万景峰号」をはじめ北朝鮮のすべての船の入港や、輸入の全面禁止などの措置がこれからも続く。これで3回目の延長だ。

 日本の独自制裁は一昨年の7月、北朝鮮が日本海に向けて弾道ミサイルの発射実験をしたのに抗議して始まった。その10月、北朝鮮は核実験に踏み切り、政府は制裁の中身を強めた。

 以来、米中韓ロを交えた6者協議や日朝の直接接触などを通じて交渉を重ねてきた。曲折はあったが、実質的な進展には乏しい。

 とりわけ、6者協議で昨年末までに完了すると合意していた「核計画の完全かつ正確な申告」と核施設の無能力化が終わっていないことは重大だ。拉致問題でも、このところ日朝交渉のきっかけさえ、つかめないでいる。

 現段階で制裁を解く状況にはないという政府の判断は妥当だろう。

 ただ、隣国に制裁を科すというのは、極めて異常な状態であることを忘れてはならない。非は北朝鮮にあるし、その原因を除くよう求めるのはもちろんだが、事態が動けば、押したり引いたりの柔軟な対応が欠かせない。目的は北朝鮮を動かすことにある。

 その意味で前回、昨年10月に制裁を延長したときは、一部緩和もありえたのではないか。北朝鮮は昨夏、寧辺の原子炉などを止めて封印した。最終的な核廃棄にはまだ遠いけれど、意味のある一歩ではあったからだ。

 町村官房長官は今回、談話のなかで「北朝鮮側が諸懸案の解決に向けた具体的な行動をとる場合、(制裁の)一部または全部を終了することができる」と述べた。北朝鮮の行動に即して日本政府は動くというメッセージを出すのは重要なことだ。

 とはいえ、これまでの北朝鮮の動きは鈍く、核廃棄へのプロセスは足踏みを続けている。

 米国が見返りとして示したテロ支援国家指定の解除が進まないことへの不満があると見られる。だが、ウラン濃縮計画をはじめ、シリアなどへの技術拡散といった疑惑が出てきた以上、米国がより透明な核計画の開示を求めるのは当然のことだ。

 6者協議の停滞を打開するため、米朝間の接触が慌ただしくなってきた。核計画の申告をめぐる詰めの作業が進んでいる。北朝鮮は早く6者協議の約束を実行すべきだ。それが北朝鮮のためでもある。

 日本政府も今後、独自制裁のカードをうまく使うことを考えなければいけない。申告や無能力化が実現されれば、柔軟に動く。そんなしなやかな外交力を発揮してもらいたい。

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