なぜ沖縄の人たちは日米地位協定の改定を求め続け、政府は拒否し続けるのか。2月に米兵が女子中学生に暴行したとして逮捕された事件(告訴取り下げで釈放、米軍が捜査中)以来、ずっと考えてきた。そして、沖縄県北谷町(ちゃたんちょう)で3月23日に開かれた米兵の事件事故に抗議する県民大会を通して、双方の対峙(たいじ)の背景にある日米安保体制のジレンマが見えてきた。
「日本政府、国民のため何もやってくれない。私に暴行した米兵を日本に戻しなさい」。6000人(主催者発表)が集まった大会で、米海軍横須賀基地所属米兵に6年前暴行されたオーストラリア人女性、ジェーンさん(仮名)=東京都在住=が訴えた。事件が不起訴処分となり、米兵は帰国。民事裁判に勝訴したが慰謝料は支払われないままだ。米軍関係者の事件事故は公務外が全体の8割を占めるが、地位協定で当事者同士の示談交渉に委ねられ、ほとんど賠償されない。
「誰でも被害者になる。私は悪くない」と叫ぶジェーンさんを、涙をぬぐっていた女性(60)が「女子中学生をはじめ、被害に遭ったすべての人たちを代弁してくれた」と見やった。ジェーンさんが「やっと今日、私は一人ではないという気持ちになった。ありがとう」と締めくくると、高齢の女性が駆け寄り、「私は50年我慢してきた。あなたのおかげで今日から生きていける」と手を握った。
狭い県土に日本の4分の3の米軍専用基地が集中する沖縄では、県民が米軍関係者による事件事故に巻き込まれる確率も高い。防衛省によると、06年度は全国1549件のうち沖縄は6割超の953件。人口10万人当たりに換算すると、本土の140倍の高確率だ。過去10年ほぼ変わらず、基地集中の実態を忠実に反映した数字といえる。
被害者補償の問題は、地位協定の不平等さの氷山の一角だ。地位協定は日米安保条約に基づく駐留米軍の基地使用と米軍関係者の法的地位を定め、国内法の適用除外や免税など種々の特権を認めている。95年の少女暴行事件で象徴的存在となった容疑者の起訴前の身柄引き渡し問題。基地内の廃棄物による環境汚染に対し米側に回復義務がないこと。米軍ヘリ事故で県警の現場検証が拒否される--。県は問題点が明らかになるたび、協定改定を政府に求めてきた。今回も、外国人登録を免除しているため基地外居住者の実態が把握できないという新たな問題が浮上した。正に「パンドラの箱」(外務省筋)で、沖縄の改定要求は基地集中の現状に対する告発なのだ。
では、政府が協定改定を拒否するのはなぜか。政府・与党関係者の意見を要約すると「米国が嫌がるから」の萎縮(いしゅく)だ。「他の駐留米軍受け入れ国に波及する」が表向きの理由だが、ドイツや韓国は過去、米国と改定交渉をしている。米議会関係者に改定の必要性を訴えた公明党国会議員は「彼らは党派に関係なく『日米安保は片務的』と考えている。日本の要求で改定する議案など通らない」と話す。
「片務的」とは、日本有事に米国が日本を守る義務はあるが、米国有事に日本が米国を守る義務はないことを指す。その代わり基地を提供し、他の受け入れ国中最高額の駐留米軍経費を「思いやり予算」として負担している。自民党国防族議員は「集団的自衛権行使を認めて対等に守り合う関係になれば、基地を置いて守ってもらう必要はなくなる」と指摘する。
日米安保体制の始まりは52年の独立だ。日本は戦争放棄の憲法の下で沖縄を米軍占領下に切り離し、米軍に「守ってもらう」道を選んだ。基地の大幅縮小と憲法改正がリンクするジレンマを、県民大会に保守系首長として参加した翁長雄志(おながたけし)那覇市長は「日米安保体制のひずみ」と指摘し「沖縄の基地問題の解決なくして日本の自立はない」と訴えた。
私は米国に求められるままの集団的自衛権行使には賛成できない。「健全な日米同盟」に向けた建設的な提案として、改定交渉を米側に持ちかけてはどうか。福田康夫首相は協定改定を言下に否定し、民主党の小沢一郎代表は「日米同盟を本当の対等な関係にすべきだ」と語るのみだが。
仲井真弘多(なかいまひろかず)知事は県民大会には参加しなかったが、地位協定改定を求めるための訪米を9月に予定している。米軍絡みの事件事故が減らない限り、沖縄の協定改定を求める声はやまないだろう。真摯(しんし)に応えなければ、日米安保体制はいつでも爆発する可能性を秘めたマグマを抱え続ける。
毎日新聞 2008年4月2日 0時04分