稲田朋美衆議院議員
3月28日午後、東京・有楽町の日本外国特派員協会で自民党の稲田朋美衆議院議員が、「映画『靖国』をめぐる問題点」について話しました。
日本に在住している中国人監督李纓(リ・イン)さんの映画「靖国 YASUKUNI」は、今年2月のベルリン国際映画祭に正式招待されるなど、海外でも評判になっています。日本でも4月から東京と大阪の映画館で上映予定ですが、映画の試写を見た稲田議員などが「偏ったメッセージがある」とのコメントを寄せ、また、映画に政府出資法人から750万円の助成金が出ていることから、「助成金にふさわしい政治的に中立な作品なのか」といった論争も起きています。
試写を見た映画評論家の「遊就館のような珍しい建物や展示品がたくさん出てきて、靖国に行ったことがない人には意外な神社の一面を知ることができるのではないか」との評もあり、内外で注目を集める「靖国」ですが、映画を上映予定だった東京都内の1館が上映を取りやめたことが明らかとなり、波紋を広げています。
稲田議員は、「映画『靖国』をめぐる問題点」について、試写は「事前検閲」ではないことを強調した上で、あくまで問題にしているのは、助成金の支払いが妥当であったか否かであるとし、その要件だった「日本映画といえるか」「宗教的、政治的宣伝の有無」の2点について自らの見解を述べました。
稲田議員は、最初に、この映画に助成金を支出したことは「妥当ではなかったと考えている」との結論を示した上で、なぜ妥当でないのか、上記2つの観点から自らの見解を述べました。
1つ目は、この映画が日本映画であるか否かという点についてです。稲田議員は、この映画を作った会社は中国中央テレビの日本での総代理として設立された会社であり、共同制作会社の2社も中国の会社で、製作総指揮者、監督、プロデューサーすべてが外国人であることから、日本映画であると言い切ることに大きな疑問を持っている、としました。
2つ目の政治的宣伝意図の有無についても、「疑問を持っている」と述べ、その理由として、「靖国神社自体がきわめて政治的な問題を持っているから」であるとしました。首相の靖国参拝は国内問題であると(自分は)考えているが、外交問題化し、裁判となっていることも事実であり、この映画について「ある一定のメッセージ性を強く感じる」としたうえで、クローズアップされているのは小泉首相の靖国参拝を訴えた原告の主張である、との認識を示しました。
弁護士として靖国神社を応援する立場から裁判をやってきたと語る稲田議員は、裁判で原告側が一貫して主張していたのは「靖国神社は国民が死ねば神になるとだまして、侵略戦争に赴かせ、天皇のために死ぬ国民をつくるための装置であった」というメッセージであったと述べ、南京虐殺にまつわる真偽不明の写真を数多く羅列し、その合間に靖国参拝をする昭和天皇や国民の姿を入れ、巧みに裁判の原告のメッセージを伝えている、と指摘しました。
また、靖国刀をつくっている「刀匠」のメッセージ性について次のように語りました。
南京虐殺の象徴として語られている、いわゆる百人斬り競争をしたことを理由に戦犯として処刑された少尉の遺族が、新聞社などを名誉毀損で訴えた裁判で、遺族に対する人格権侵害は認められなかったが、判決の理由の中で「百人斬りの記事の内容を信用することはできず甚だ疑わしい」と判断していることに言及し、映画はこの百人斬りを事実として報道した新聞記事を事実として紹介し、「靖国刀匠」をクローズアップして日本刀で残虐行為を行ったというメッセージを伝えている、と批判しました。
さらに、稲田議員は、この映画が上映されることや公開されることについて口をはさむつもりはまったくなく、また、映画が公開される前に試写を求めたという事実もないことを強く主張しました。この映画はすでにいろんなところで試写が行われており、国際的にも評価の高い映画であると聞いている、と述べ、あくまでも日本の税金を使った助成金の使い方を問うものであり、映画の公開を問題視するものではないことを強調したい、と語りました。
稲田議員のお話のあと、質疑応答がありました。その中のいくつかを以下に紹介します。
◇ ◇ ◇
質問 事実の誤りがあると指摘していたが、どういうことか。
稲田 事実の間違いといえるかどうか……。靖国刀が靖国の御神刀というのは事実ではないが、映画に誤りがあるとは考えていない。小泉首相の靖国参拝に対し、原告側のメッセージが入っていることを感じた。たとえば、適切な例ではないかもしれないが、日本の会社の代理店が映画をつくって、チベットのダライ・ラマの主張だけの映画をつくった場合、中国から助成金が出たら問題になるのではないか。
質問 内容については問題視していないと言いながら、内容について自身の考えをかなり詳しく聞きました。国会議員という立場で文化庁に試写を指示し、事実上、1つの映画館が上映を取りやめた波及効果が出ていることについてどう考えるか。また、国会議員として国の代表ということだが、(靖国裁判の)原告の考えと同じような考えを持っている国民はいるのではないか。野党を支持している国民もいる。税金の使い道が正しくないという判断はできないのではないか。
稲田 この映画の内容について話したのは、この映画が政治的宣伝をもっているということを話したかったからです。試写を求めたことによって上映を取りやめた映画館があるとしたら残念です。この映画がある一定の見方、靖国に対するメッセージを持っていることを伝えたかった。映画としては力作であり、見させる映画だった。
質問 この映画は日本を利するものではないから税金をつかうべきではないと考えるのか。
稲田 そのように考えたことはない。週刊誌が言っているように、この映画が反日的だから税金を使うべきではないということでなく、政治性がない映画かという点で(税金を)使うべきかどうかという問題意識を持っている。日本は一部の政治家が文句を言って映画の上映を取りやめにする国ではない。試写について、事前検閲とか表現の自由に対する制約と言われることは、弁護士出身の議員として心外である。
質問 この映画は力作だと言っていたが、多くの日本のみんなに見て評価されると思うか。
稲田 この映画の中に弁護士時代の私も出てくる。私は同意していないが。力作であり、最後まで引き込まれた。日本で公開されることになにも問題を感じていない。
質問 750万円の助成金が出ている。それがなぜ問題なのか。
稲田 助成金の額が多いとか少ないとかといった問題ではない。政治性があるかどうか、日本映画かどうか、ということを問題にしている。その一点。それ以外についてはまったく問題視していない。私の勉強会(稲田議員が会長を務める「伝統と創造の会」)が取り上げたのは、週刊誌の記事がきっかけだった。表現の自由について大騒ぎをしたのは、むしろあなたがた(マスコミ)。反日的映画だから政治家が反対したと騒いでいるのは、私と私の勉強会以外の勢力であると思う。日本は非常に人権が守られている国です。表現の自由が守られている国です。
質問 丁寧な説明ありがとうございます。本件は靖国をめぐる助成金の支払いが妥当か否かと承りました。文化庁の助成金のやり方に問題があったのか。そういうものを確認する前に試写を開けと言ったのか。時間的経緯を教えてください。
稲田 週刊誌の報道を見て、政治性があることや日本の映画であるかどうかといったことを検証するために、この映画を見たいと文化庁に言った。公開の前に見せろと要求したことはない。私たちの勉強会に文化庁が借りてきて映画を見せるということになっていた。配給会社から、一部の議員ではなく全国会議員にということだったので、全国会議員が見た。
質問 最初の質問に答えていません。手続きについて。
稲田 手続きということがどういう意味かわからないが、(助成金を出した)判断が妥当かどうか疑問を持っている。
筆者の感想
稲田議員は弁護士として、小泉首相の靖国参拝は違憲であるとして市民らが訴えている裁判の被告側の代理人をしていたということですが、一方の当時者ともいえる立場であった人が、この問題について果たして公平中立な判断ができるのだろうか、と疑問を感じました。
また、代用監獄や人質司法と言われている長期拘留など、人権無視の取調べに対し、国連人権委員会から度々勧告を受けている人権後進国である日本について、弁護士として法廷に立っていたこともある稲田議員が「日本は人権が守られている」と明言したときは、筆者は思わず「本当にそう思っているんですか?」と問い質してみたいような衝動に駆られました。