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正義のかたち:裁判官の告白/6 釈放後に別の殺人で無期

 ◇「判決は無罪しかなかった」 証拠弱く、悔いなし

 「判決は無罪しかなかった。3人の裁判官は一致した」。小野悦男受刑者(71)に話が及ぶと、荒木友雄・流通経済大教授(72)は複雑な表情を隠さない。

 東京高裁時代の91年、千葉県松戸市で信用組合の女性事務員(当時19歳)が乱暴されて殺害された事件について小野受刑者に逆転無罪を言い渡した3人の裁判官のうちの一人。釈放された小野受刑者は5年後の96年、別の女性殺人容疑などで逮捕され、99年に無期懲役刑が確定した。

 時効で終結した松戸事件の真相は分からない。それでも、週刊誌などからは「松戸事件も本当に無実だったのか」「無罪判決がなければ新たな犯行を防げたのでは」とたたかれ、高裁裁判長は「無罪病」と皮肉られた。

 転勤していた荒木さんも無関心ではいられない。目頭をぬぐい、裁判長に向かって深々と頭を下げた小野受刑者の姿が目に浮かんだ。「晴れて無罪になって喜んでいたのに。なぜ?」。怒りを覚えた。

 松戸事件は、自白がほとんど唯一の証拠だった。1審は自白を根拠に無期懲役としたが、その調書の取り方に疑問を持った。警察の留置場に小野受刑者を一人だけ拘置し、連日追及。批判が根強い代用監獄の取り調べの中でも特に過酷な状況だと感じた。判決では「自白を強要した疑い」を理由に自白の任意性を否定して証拠とは認めず、無罪を選んだのだった。

  ◇ ◇

 「真っ白無罪、灰色無罪、限りなく黒に近い無罪」

 死刑囚の再審無罪事件に関与したこともある元裁判官の浜秀和弁護士(78)は、無罪には3種類あるという。真犯人が現れれば真っ白だが、証拠不足でぎりぎり黒と認定できない時もある。

 一方で、有罪主張の検察と相反する無罪判決をためらう裁判官がいるのも確かだ。

 浜さんは、こんな友人の話を披露した。起案した判決文を裁判長に突き返された。中身は一ページも見ずに「無罪」の主文だけで「×」だった--。

 ある元裁判官は、知人の検察官に「我々は難しい問題は最高検まで入って検討する。検察と異なる意見の1審判決は高裁で簡単に破棄されるだけだよ」と得意げに忠告された経験を明かした。

   ◇ ◇

 昨年12月7日、荒木さんが2審判決を下した一人の死刑囚の刑が執行された。

 藤間静波死刑囚。81~82年、交際を嫌がられた女子高生とその家族ら5人を殺害した。「判決を読み直したが、付け加えるところも変えるところもありませんでした」。全力で審理した自信が揺るぎない確信を生む。

 松戸事件についても悔やむことはない。「(自白以外の)あの証拠では弱い」。荒木さんは言い切った。=つづく

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毎日新聞 2008年3月27日 東京朝刊

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