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今後の研究体制 山中教授講演全文(5)

2008年03月24日16時21分

 私たちは2年前にマウスのiPS細胞の仕事を海外に論文で報告しました。そのときは私たちしかしていませんでした。しかし、そこからアメリカを中心とした海外のグループが急速に研究してきています。これまで既にハーバード大学、ウインスコンシン大学、そしてカリフォルニア大学ロサンゼルス校、UCLAですね。少なくとも三つの大学がヒトiPS細胞の樹立に成功して論文として私たち以外に報告しています。それ以外、論文になっていないけれども、作っているというグループをたくさん知っています。

 例えばアメリカのカリフォルニア州、国じゃなくて州ですが、その州だけで10年間で3000億円を幹細胞の研究に使うということが去年からもう始まっています。マサチューセッツ州というハーバード大学のある州でも10年間で1200億円。州だけでこれぐらいのものすごいお金を使って研究を進めてきています。アメリカはこれに加えて国のお金、それから民間のお金。どうもアメリカはやたら大金持ちの人が多くて、個人で10億円、20億円寄付する人がいっぱいいてるんですね。ですからこれは一部です。ものすごい体制で研究してきています。

 日本はどうか。日本も頑張っています。去年の11月にヒトiPS細胞の樹立を報告したわけですが、もう12月には文部科学省と科学技術振興機構、JSTと言われる機関がiPS細胞研究のために追加予算を迅速に決めて下さいましたし、先ほど言いましたように、本年の1月には京都大学の中にiPS細胞研究センターというものが早くも発足いたしました。

 また今年の3月、今月には文科省のほうが日本で京大を含めた四つの拠点をiPS細胞の研究拠点として設置して、今後支援していくということも決定されていますし、京大のiPS細胞研究センターに新しい研究施設、建物を作るということもほぼ決定しています。今年度予算がまだ確定しませんが、その方向で動いています。このようにわが国でも研究体制が急速に確立しつつあります。

 京都大学、慶応大学、東京大学、理化学研究所が今の四つの拠点です。私たちは大阪大学にも参加していただいた、そういう拠点を作っています。こういったところとそれ以外の多くの日本の大学や研究機関で役割分担してやっていくことが非常に大事だと思っています。アメリカはアメリカの中で競争があります。しかし、日本はアメリカに比べますと、研究費の額も研究者の数もケタ違いです。アメリカと同じように日本の中でも競っていると、非常に競争力が弱くなりますので、少なくともこのiPS細胞研究に関しては、日本の中は協力しないとなかなかアメリカと競えないと考えています。

 iPS細胞はES細胞に匹敵する万能細胞です。この技術によってヒト胚の利用や拒絶反応といったES細胞の持っている問題点を回避できます。またiPS細胞はわが国発の技術です。ヒトES細胞はウインスコンシン大学で開発されました。そして非常に広範な特許を申請しておられまして、先週ぐらいにそのすべてではありませんが、かなりの部分の特許が認められてしまいましたので、わが国としてはヒトES細胞はその点、非常に不利です。しかし、iPS細胞はわが国発の技術ですから、その点も非常にいい点であります。

 しかし、課題も多いです。安全面の課題、非常に大きいものがあります。再生医療に使うためにはこれをしっかり研究していく必要があります。そして確かに最初の特許は日本、京都大学がこのiPS細胞に関しては申請していると思いますが、こういう臨床応用とかいろんなことを応用していくためには、一個の特許というのはぜんぜんだめで、その後どんどんいろんな技術の積み重ね、多くの特許、多くの知的財産が集まって初めて一つの大きな技術が完成します。

 ですからいまアメリカが急速な勢いでこの技術に関するさまざまな技術、さまざまな特許をどんどん出しつつありますので、これから私たちも、安心なんかできないのは当然ですが、日本からも一生懸命知的財産、特許を作っていくということが非常に大事だと思います。

 臨床応用とか創薬の応用という道筋がはっきり見えているんですね。道が見えているということは、そこまで行くのには自転車で行くより車で行ったほうが速いのは間違いないですし、普通の車よりもスポーツカーで行ったほうが間違いないんですね。アメリカは超高級スポーツカーで来ています。日本は今まで自転車でしたけれども、一気に支援が増えて、軽四ぐらいまで来ました。でも、今でもスポーツカーと軽四の差はあります。

 私、アメリカにもちっちゃいラボを持っていて、毎月行きますからよくわかりますが、日本は急速に支援をしていただきましたが、客観的に見ると、残念ながらスポーツカーと軽四です。そしてアメリカは何台もスポーツカーがあるんですね。日本はこれからいかにそれでやっていくかという正念場です。

 ただ、ある意味競争なんですが、競争というのはスポーツに例えますと、2種類あるんですね。柔道というのは勝ち負けがはっきりしています。柔道は負けたら惨めです。畳の上で仰向けになって天井を見ているわけですね。私は柔道5分の試合で、いちばん短いときは2秒で投げられて負けたことがありました。あとの4分58秒はもうないんですね。2秒で終わりです。そういうスポーツもあります。

 しかし、片やマラソン、私、マラソンもやります。マラソンのようなスポーツもあります。マラソンは確かに1位、2位ありますが、もう一つ大切なことがあるんですね。マラソンは完走する、自分のベスト記録を目指す、そういう大切なことがあるんですね。2位になってもいいんです、3位になってもいいんです。

 このiPS細胞の競争は明らかにマラソンです。柔道ではありません。勝ち負け、アメリカだけ勝った、日本だけ勝った、そういうのはありません。アメリカも頑張る、日本も頑張る、それはいいことなんです。なぜかというと、両方頑張って競争すれば早く臨床応用できるんですね。患者さんにとって1日、1日は長いです。僕は学生によく言うんですが、「おまえらにとって1日は寝ていたら済むかしらないけど、患者さんにとって1日はもう永遠なんだ」。

 だから1日も早く完成させる必要がありますので、競争は非常にいいんです。アメリカは非常に強いですからなかなか勝てないとは思いますが、ポイントは、たとえ2位、3位になろうが、自己ベストを目指す。この場合の記録は知的財産、特許でありますから、今後いかに日本も頑張ってこの記録を出していくかということが正念場というふうに考えています。

 いま一生懸命偉そうに喋りましたが、私がやった研究ではなくて、高橋君とか一阪さんを中心にした、私以外はみんな若いんですが、そういった多くの若い人たちの本当に頭の下がるですね、普段は僕、怒っていますが、本当は心から感謝しているそういうメンバーの人の行った研究です。そして慶応大学の岡野先生や東京大学の北村先生、理研の林崎先生、大変お世話になって初めてできた研究であります。

 以上です。どうもご清聴、ありがとうございました。

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