iPS細胞の可能性 山中教授講演全文(4)2008年03月24日16時20分 こういった細胞は、まずこの患者さんがなぜその病気になるのかとか、その患者さんにとって有効な薬は何か、またその患者さん特有の変な副作用が起こらないか、そういったことを調べるのにものすごい役に立つんですね。これはもういますぐにでも役に立ちます。 例えば一つだけ例を挙げますが、心臓の病気、不整脈の病気で、ちょっとむずかしい病気の名前ですが、「QT延長症候群」。英語の頭文字でLQTS。どんな病気かといいますと、心電図は波が幾つかありますが、その波のところにP、Q、R、S、Tと名前が付いているんですね。僕も医学生のときに、これでえらいいろいろ理解するのに苦労したんですが、QからTの間が、普通の人より長くなってしまう、そういう方がおられます。だから心電図を取らないと診断つかないんですが、この病気のことをQ波とT波の間が延びるのでQT延長症候群と言います。 生まれつき遺伝的にこういう方もおられます。結構、多い。さらには遺伝的には正常なのに、薬を飲むことによって心電図の異常が誘発されることがあるということが知られています。例えば不整脈の薬で起こるんです。それは当たり前なんですが、それ以外に、いま僕も飲んでいますが、アレルギーの薬とか抗生物質、胃薬、そういった皆さんも飲むような普通の薬で起こります。 「だからなんやねん」と思われるかもしれません。「ちょっとぐらい延びてもいいやんか」と。そうなんですが、これは実はとんでもない病気の前兆なんですね。次に恐ろしいことが起こる一歩手前です。QTが延長するのですが、恐ろしいこととは何かというと、致死性不整脈に移行する。ちゃんとドックドックとやっているのですが、それが心臓が急速に拍動しすぎて、もはやポンプとしての役割を果たしません。 先ほどのQT延長になると、非常に重篤な不整脈の一歩手前なんですね。こうなると、もう間違いなく意識失います。1秒、1秒、これになると、意識失います。僕、柔道を昔やっていましたけど、本当にうまい人に締め技をかけられたら1秒で意識失っていましたが、完璧に1秒で失います。それが続くと、もう命を落としますので、だからさっき言うたような薬を飲んでそうなってしまったら、たまったものじゃありません。結構、飲むほうにとっても恐いし、薬を創っているほうにとったら、こんな恐いものないんですね。 このQT延長症候群が、なぜ起こるのか? 今開発している新しい薬がQT延長症候群を起こさないんだろうかということを調べようと思ったら、今は患者さん、人間の心電図を調べるしかありません。動物とはだいぶ違いますから。 患者さんの心電図は取れますが、生きている方の心臓を取り出すわけにいきません。心臓の細胞も取り出せません。ですからこれ以上のことはできないんですね。なぜそんなことが起こるかという病気の解明ができません。また、こうなる可能性の高い人に薬を投与できませんよね。「この薬はこういうことを起こすかもしれないから、いっぺんやってみよう」と。やってみて、さっきみたいなことになったらもうだめですから、できないんです。 しかし、この患者さんから皮膚の細胞をちょっともらってiPS細胞を作ると、そこから先ほどと同じように心臓の細胞を作ることができます。それの波形をいっぱい電極を入れて取るということができます。この細胞にいろんな薬の候補を投与するとか、この細胞を使ってなぜそういうQT延長になるのかという研究、これだったらできます。患者さんそのものはなかなか無理ですが細胞だったらできます。ですからiPS細胞の最大の使い方は、こういう病気の原因とか薬の研究にiPS細胞の研究はすぐにでも使えます。 もう一つの使い方は再生医学です。しかし、残念ながら、安全性の問題等いろいろ解決しないとだめな問題がありますから、すぐにというわけにはいきません。しかし、いま私たちは一生懸命このiPS細胞がどれぐらい安全かということを調べています。 ES細胞とiPS細胞は性質は本当、そっくりなんです。でも、作り方が違うんですね。ES細胞はもともと万能性を持っている受精卵から作ります。一方、iPS細胞は万能性を失った皮膚の細胞とか体の細胞から無理やり、ある意味三つなり四つの因子を入れて時計を逆戻りさせて無理やり作っていますので、その過程において何か他のことも起こっているのではないか。一番心配なのはがんになるようなことが起こっているのではないかという心配がどうしてもあるんですね。だからその部分がES細胞よりやはり安全性をより慎重に検討しないとだめな部分です。受精卵を使わない、患者さんご本人の細胞を使えるという点は非常にいいのですが、安全性はES細胞のほうがやはり上回っています。iPS細胞はそれが問題です。 ですからいまこの安全性、どれくらい安全、どれくらい危険なのか、さらにより安全な作製方法はないかという研究にいま一生懸命うちの研究室は取り組んでいますが、そういった安全性が確認されると、将来的には最初にご紹介したような細胞移植療法にも使えるのではないかと期待しています。 例えば脊髄損傷の患者さんから皮膚細胞をいただいてiPS細胞をつくって、そこから神経の細胞つくって患者さんに戻すというようなオーダーメード医療、個々に対応した医療ということが考えられるわけです。これは残念ながらまだまだ難しいです。すぐにはできません。先ほど言いましたように安全性の問題であるとか、神経細胞を確実に作る方法とか、いろんな基礎研究がまだまだ必要です。しかし、夢ではない、可能性は示されたということで、なんとか1日でも早くこういうことを実現するように一生懸命研究を進めています。 ただ、この本当の意味のオーダーメード細胞、オーダーメード再生医学ですね、患者さんご自身の細胞からiPS細胞を作るということは、現実問題としてはいろんな問題がありますが、さらに時間の問題と医療費、お金の問題があります。 まず時間ですが、先ほどラットの実験をお見せしました。例えば慶応の岡野先生、後でちょっとご紹介しますが、いろんな研究で脊髄損傷に対してああいう細胞移植、確かに効果はあるんですが、それはケガをしてからだいたい9日目、10日目くらいに移植した場合だけ効果があるということがわかっています。それより早くてもだめだし、遅くても、1年、2年経ってしまうと、いまの細胞を移植するだけではもう効果がほとんどない。残念ながらいまはそういう現状です。 しかし、皮膚細胞からiPS細胞を作るのは最低でも1カ月かかります。iPS細胞から神経を作るのはやはり1カ月かかります。いくら頑張っても2カ月、3カ月かかってしまいますから9日に間に合いません。 それからこれは非常にやはりお金がかかります。一人ひとりそのへんの実験室で作るわけにはいかなくて、本当に精密に厳密に管理された場所で、管理された本当に高い試薬を使って作る必要がありますから、おそらく何百万とかかります。ですから一人ひとりこういうことをするのは、安全性とか研究が進んだ後でも実際非常に難しい可能性が高いです。 先ほどの岡野先生の話をちょっとだけさせて下さい。私たち京都大学は岡野栄之先生たちの慶応大学との間で連携プロジェクトというのをこのiPS細胞に関して進めております。 岡野先生との間ではこのiPS細胞を用いた神経疾患、再生医療の開発ということで、まずは動物を使った実験を行っています。いまはマウスで行っていますが、その後の霊長類、マーモセットという非常に小型のサルを使った実験で安全性と効果を確認して、将来的には実際の患者さんの治療、脊髄損傷だけではありません、いろんな神経疾患の治療に用いたいというプロジェクトを進めています。 これまでにわかってきたことは、ES細胞からと同じ効率でiPS細胞からも神経の元の細胞ができる。これはまだマウスの結果ですが、そういうことがわかってきています。それから実際、マウスの脊髄損傷モデル、先ほどのビデオと同じようなモデルを岡野先生のほうで作られて、そこにiPS細胞から作った、神経のもとの細胞を移植する、そして効果を見るという実験を慶応でしました。 (スライドを指して)その結果、この縦軸は運動能力のスコアです。何も治療しないと8点くらいなんですが、それを従来からES細胞から作った神経のもとの細胞を移植すると、10点超える、11点くらいになる。8点から11点になると、クォーリティー・オブ・ライフ(生活の質)はぜんぜん変わります。それくらいの効果がES細胞では認められていましたが、iPS細胞で同じことをしますと、この赤と黒の結果は変わりません。ということは、ES細胞と同じような効果がiPS細胞からでも言えることがわかってきています。 しかし、このように効果はあるんですが、先ほど言ったように、いまの実験でも受傷してから9日目に移植しているわけですから、iPS細胞を普通の作り方をしていたら間に合わない、お金もかかって仕方がないということで、私たちが考えている一つの方法はセミオーダーメード再生医学ということです。これは患者さんそれぞれからiPS細胞を作るのではなくて、あらかじめ健常なボランティアの方から皮膚細胞をいただいて、そこからiPS細胞を作っておこう。 皮膚細胞にも血液型のようなタイプがあります。それは「HLA」と言われています。血液バンクはA型、B型と集めておくわけですが、それと同じようにHLAのいろいろなタイプのiPS細胞を作っておいて、そこから神経のもとの細胞に分化させておいて、そういったバンクを作っておけば、脊髄損傷の患者さんが不幸にしてケガをしてしまった場合も、9日目くらいにその患者さんに合ったHLAのiPS細胞由来の神経細胞バンクに存在していたら治療に使えるということで、まずはこういったセミオーダーメード再生医学というのも今後考えていく必要があると考えています。 こういった細胞は、まずこの患者さんがなぜその病気になるのかとか、その患者さんにとって有効な薬は何か、またその患者さん特有の変な副作用が起こらないか、そういったことを調べるのにものすごい役に立つんですね。これはもういますぐにでも役に立ちます。 例えば一つだけ例を挙げますが、心臓の病気、不整脈の病気で、ちょっとむずかしい病気の名前ですが、「QT延長症候群」。英語の頭文字でLQTS。どんな病気かといいますと、心電図は波が幾つかありますが、その波のところにP、Q、R、S、Tと名前が付いているんですね。僕も医学生のときに、これでえらいいろいろ理解するのに苦労したんですが、QからTの間が、普通の人より長くなってしまう、そういう方がおられます。だから心電図を取らないと診断つかないんですが、この病気のことをQ波とT波の間が延びるのでQT延長症候群と言います。 生まれつき遺伝的にこういう方もおられます。結構、多い。さらには遺伝的には正常なのに、薬を飲むことによって心電図の異常が誘発されることがあるということが知られています。例えば不整脈の薬で起こるんです。それは当たり前なんですが、それ以外に、いま僕も飲んでいますが、アレルギーの薬とか抗生物質、胃薬、そういった皆さんも飲むような普通の薬で起こります。 「だからなんやねん」と思われるかもしれません。「ちょっとぐらい延びてもいいやんか」と。そうなんですが、これは実はとんでもない病気の前兆なんですね。次に恐ろしいことが起こる一歩手前です。QTが延長するのですが、恐ろしいこととは何かというと、致死性不整脈に移行する。ちゃんとドックドックとやっているのですが、それが心臓が急速に拍動しすぎて、もはやポンプとしての役割を果たしません。 先ほどのQT延長になると、非常に重篤な不整脈の一歩手前なんですね。こうなると、もう間違いなく意識失います。1秒、1秒、これになると、意識失います。僕、柔道を昔やっていましたけど、本当にうまい人に締め技をかけられたら1秒で意識失っていましたが、完璧に1秒で失います。それが続くと、もう命を落としますので、だからさっき言うたような薬を飲んでそうなってしまったら、たまったものじゃありません。結構、飲むほうにとっても恐いし、薬を創っているほうにとったら、こんな恐いものないんですね。 このQT延長症候群が、なぜ起こるのか? 今開発している新しい薬がQT延長症候群を起こさないんだろうかということを調べようと思ったら、今は患者さん、人間の心電図を調べるしかありません。動物とはだいぶ違いますから。 患者さんの心電図は取れますが、生きている方の心臓を取り出すわけにいきません。心臓の細胞も取り出せません。ですからこれ以上のことはできないんですね。なぜそんなことが起こるかという病気の解明ができません。また、こうなる可能性の高い人に薬を投与できませんよね。「この薬はこういうことを起こすかもしれないから、いっぺんやってみよう」と。やってみて、さっきみたいなことになったらもうだめですから、できないんです。 しかし、この患者さんから皮膚の細胞をちょっともらってiPS細胞を作ると、そこから先ほどと同じように心臓の細胞を作ることができます。それの波形をいっぱい電極を入れて取るということができます。この細胞にいろんな薬の候補を投与するとか、この細胞を使ってなぜそういうQT延長になるのかという研究、これだったらできます。患者さんそのものはなかなか無理ですが細胞だったらできます。ですからiPS細胞の最大の使い方は、こういう病気の原因とか薬の研究にiPS細胞の研究はすぐにでも使えます。 もう一つの使い方は再生医学です。しかし、残念ながら、安全性の問題等いろいろ解決しないとだめな問題がありますから、すぐにというわけにはいきません。しかし、いま私たちは一生懸命このiPS細胞がどれぐらい安全かということを調べています。 ES細胞とiPS細胞は性質は本当、そっくりなんです。でも、作り方が違うんですね。ES細胞はもともと万能性を持っている受精卵から作ります。一方、iPS細胞は万能性を失った皮膚の細胞とか体の細胞から無理やり、ある意味三つなり四つの因子を入れて時計を逆戻りさせて無理やり作っていますので、その過程において何か他のことも起こっているのではないか。一番心配なのはがんになるようなことが起こっているのではないかという心配がどうしてもあるんですね。だからその部分がES細胞よりやはり安全性をより慎重に検討しないとだめな部分です。受精卵を使わない、患者さんご本人の細胞を使えるという点は非常にいいのですが、安全性はES細胞のほうがやはり上回っています。iPS細胞はそれが問題です。 ですからいまこの安全性、どれくらい安全、どれくらい危険なのか、さらにより安全な作製方法はないかという研究にいま一生懸命うちの研究室は取り組んでいますが、そういった安全性が確認されると、将来的には最初にご紹介したような細胞移植療法にも使えるのではないかと期待しています。 例えば脊髄損傷の患者さんから皮膚細胞をいただいてiPS細胞をつくって、そこから神経の細胞つくって患者さんに戻すというようなオーダーメード医療、個々に対応した医療ということが考えられるわけです。これは残念ながらまだまだ難しいです。すぐにはできません。先ほど言いましたように安全性の問題であるとか、神経細胞を確実に作る方法とか、いろんな基礎研究がまだまだ必要です。しかし、夢ではない、可能性は示されたということで、なんとか1日でも早くこういうことを実現するように一生懸命研究を進めています。 ただ、この本当の意味のオーダーメード細胞、オーダーメード再生医学ですね、患者さんご自身の細胞からiPS細胞を作るということは、現実問題としてはいろんな問題がありますが、さらに時間の問題と医療費、お金の問題があります。 まず時間ですが、先ほどラットの実験をお見せしました。例えば慶応の岡野先生、後でちょっとご紹介しますが、いろんな研究で脊髄損傷に対してああいう細胞移植、確かに効果はあるんですが、それはケガをしてからだいたい9日目、10日目くらいに移植した場合だけ効果があるということがわかっています。それより早くてもだめだし、遅くても、1年、2年経ってしまうと、いまの細胞を移植するだけではもう効果がほとんどない。残念ながらいまはそういう現状です。 しかし、皮膚細胞からiPS細胞を作るのは最低でも1カ月かかります。iPS細胞から神経を作るのはやはり1カ月かかります。いくら頑張っても2カ月、3カ月かかってしまいますから9日に間に合いません。 それからこれは非常にやはりお金がかかります。一人ひとりそのへんの実験室で作るわけにはいかなくて、本当に精密に厳密に管理された場所で、管理された本当に高い試薬を使って作る必要がありますから、おそらく何百万とかかります。ですから一人ひとりこういうことをするのは、安全性とか研究が進んだ後でも実際非常に難しい可能性が高いです。 先ほどの岡野先生の話をちょっとだけさせて下さい。私たち京都大学は岡野栄之先生たちの慶応大学との間で連携プロジェクトというのをこのiPS細胞に関して進めております。 岡野先生との間ではこのiPS細胞を用いた神経疾患、再生医療の開発ということで、まずは動物を使った実験を行っています。いまはマウスで行っていますが、その後の霊長類、マーモセットという非常に小型のサルを使った実験で安全性と効果を確認して、将来的には実際の患者さんの治療、脊髄損傷だけではありません、いろんな神経疾患の治療に用いたいというプロジェクトを進めています。 これまでにわかってきたことは、ES細胞からと同じ効率でiPS細胞からも神経の元の細胞ができる。これはまだマウスの結果ですが、そういうことがわかってきています。それから実際、マウスの脊髄損傷モデル、先ほどのビデオと同じようなモデルを岡野先生のほうで作られて、そこにiPS細胞から作った、神経のもとの細胞を移植する、そして効果を見るという実験を慶応でしました。 (スライドを指して)その結果、この縦軸は運動能力のスコアです。何も治療しないと8点くらいなんですが、それを従来からES細胞から作った神経のもとの細胞を移植すると、10点超える、11点くらいになる。8点から11点になると、クォーリティー・オブ・ライフ(生活の質)はぜんぜん変わります。それくらいの効果がES細胞では認められていましたが、iPS細胞で同じことをしますと、この赤と黒の結果は変わりません。ということは、ES細胞と同じような効果がiPS細胞からでも言えることがわかってきています。 しかし、このように効果はあるんですが、先ほど言ったように、いまの実験でも受傷してから9日目に移植しているわけですから、iPS細胞を普通の作り方をしていたら間に合わない、お金もかかって仕方がないということで、私たちが考えている一つの方法はセミオーダーメード再生医学ということです。これは患者さんそれぞれからiPS細胞を作るのではなくて、あらかじめ健常なボランティアの方から皮膚細胞をいただいて、そこからiPS細胞を作っておこう。 皮膚細胞にも血液型のようなタイプがあります。それは「HLA」と言われています。血液バンクはA型、B型と集めておくわけですが、それと同じようにHLAのいろいろなタイプのiPS細胞を作っておいて、そこから神経のもとの細胞に分化させておいて、そういったバンクを作っておけば、脊髄損傷の患者さんが不幸にしてケガをしてしまった場合も、9日目くらいにその患者さんに合ったHLAのiPS細胞由来の神経細胞バンクに存在していたら治療に使えるということで、まずはこういったセミオーダーメード再生医学というのも今後考えていく必要があると考えています。 ((5)へ続く) PR情報この記事の関連情報サイエンス
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