今週のお役立ち情報
【眼光紙背】児童ポルノ法改正案という本末転倒
2008年03月24日11時00分
最近、有名タレントなどをメンバーとした市民団体や自民党の小委員会などから、児童ポルノ法の改正についてのプランが相次いで出されている。改正案では、性欲を刺激する絵を描くことや、「児童」の写真を持っていることを禁止しようという話が出されている。簡単に言えば、アイドルの水着写真や、メイド服を着た女の子のマンガも、性欲を刺激しうるということで、「児童ポルノ」や「準児童ポルノ」とみなされて、規制の対象になってしまうところだ。しかも、単に持っていることまで違法になるという。女子高校生グラビアが載っている写真週刊誌が家に転がっていたり、美少女・美少年が出てくるマンガ本を持っているような人は、軒並み逮捕されることになる。このとんでもない改正案をめぐって、ネット上では大きな議論になっている。
そもそも、『児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律』というのが、問題となっている法律の正確な名前だ。この法律には2つの立派な目的がある。
(1) 売買春や人身売買・ポルノの被写体となる「児童」の人権を守ること
(2) 「児童ポルノ」の蔓延を防いで健全な社会風俗を守ること
ケチのつけられないような立派さだが、この法律には、ちょっとした「論理のねじれ」がある。
まず(1)の目的について考えてみよう。「児童」を売買春や性的虐待から守るため「児童の」売買春や性的虐待を禁止する、という論理に異論を差し挟むものはいないだろう。そして、「児童」の人権侵害を防ぐために、それらを記録した写真やビデオなどのポルノグラフィの売買禁止することについても、理解できる。
一方、(2)の目的において注意しなければいけないのは、「児童ポルノ」を取り締まるのは「児童」を守るという目的のための一つの手段であって、「児童ポルノ」を取り締まることは、「児童」を守ることとイコールではない、というところだ。つまり、「児童」の売買春や性的虐待が無くなれば、そうしたシーンを撮影した「児童ポルノ」は必然的に消えて無くなる。しかし、「児童ポルノ」だけを取り締まって見かけ上何も起こってないように見える世界にしたとしても、もしかしたらそれは「児童」への性的犯罪が単に撮影されなくなったというだけの話かもしれない。
だから、重点を置くべきは、「児童ポルノ」を禁止することではなく、「児童」を守ることであり、売買春や「児童ポルノ」の禁止は、その手段でしかない。「児童ポルノ」を取り締まることに自己目的化しては、「児童」を守ることはできないだろう。確かに、「児童」が望まない性行為をさせられているような写真や動画の頒布を止めることは、社会の利益だろう。そうした撮影や頒布の行為を禁じることも、確かに「児童」の人権を守っているだろう。だが、「児童」を売買春や性的虐待から守るには、まず何よりも売買春や性的虐待といった行為自体を取り締まる必要があるだろう。
この法律の改正を推進する人達は、勘違いしているのか、意図的に捻じ曲げているのか、「児童ポルノ」を取り締まれば、「児童」を性的虐待などから守れるのだと考えているようである。「児童ポルノ」を取り締まるのは社会の利益であり「児童」のためなのだ、という。
しかしながら、例えば、18歳未満に売られることがないよう自治体の条例や業界団体できつく規制している架空の美少女マンガやゲームの絵を、販売のみならず、個人的に描くことすら禁止するような法律は、一体誰の利益を守っているのだろうか。それでは思想警察そのものではないか。あるいは、アイドルの写真集を販売した人間のみならず、購入・閲覧した人間全員を逮捕できる法律は、本当に「児童」を守っているのだろうか。しかも、成人したタレントであっても、18歳未満に見える童顔のモデルは違法にしようというのである。それでは、容貌による差別ではないか。マンガやアニメ、ゲーム、アイドルなどの娯楽産業が潰れ、「児童」の人権侵害とは何の関係も無かった一般市民までもが、逮捕の危険に晒されるだろう。「児童」を守るという当初の目的から、すっかりズレてしまっている。こんな法律を施行するよりも、渋谷や池袋のパトロールでもしていた方がよっぽど「児童」を守れるに違いない。
この「児童ポルノ法」の改正案について、インターネット上で侃侃諤諤と戦わされている議論を、筆者は延々眺めてみたが、規制賛成派と反対派でさっぱり議論がかみ合わない。その理由は簡単だ。規制賛成派は、「児童ポルノ」の取締りが「児童」の権利のためであると信じそれを表明する一方で、規制反対派は、「児童」のためになることと「児童ポルノ」の規制がイコールではないという事実を、統計やら事例やらで様々に指摘する、というバトルになっていたからだ。つまり、信念対事実の争いになっていて、両者の依って立つ議論の前提がそもそも異なっているのだ。規制派は根拠の不要な信念の提示、反規制はその信念を揺るがす根拠の提示、そして飛び交う罵声。これは建設的な議論にならない。まるで、天動説と地動説との争いのようなもので、片方が意固地な信念を捨てて事実と向き合わない限り、議論はずっと平行線のままだろう。
次世代を担う「児童」を守ることは、社会として必須である。だが、「児童の『人権』を守る」という一見美しい錦の御旗が、一体誰の権利を守っているのか、今一度確認してみる必要があるだろう。(中川 譲)
プロフィール:
MiAU 2007年設立。ネット上の世論を集約し、政策提言などを行う団体。著作権法関連の動きについて、ネットユーザが意見表明するためのサポートを行っていくことを目的として設立された。
公式サイト:MiAU
眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。バックナンバー一覧
そもそも、『児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律』というのが、問題となっている法律の正確な名前だ。この法律には2つの立派な目的がある。
(1) 売買春や人身売買・ポルノの被写体となる「児童」の人権を守ること
(2) 「児童ポルノ」の蔓延を防いで健全な社会風俗を守ること
ケチのつけられないような立派さだが、この法律には、ちょっとした「論理のねじれ」がある。
まず(1)の目的について考えてみよう。「児童」を売買春や性的虐待から守るため「児童の」売買春や性的虐待を禁止する、という論理に異論を差し挟むものはいないだろう。そして、「児童」の人権侵害を防ぐために、それらを記録した写真やビデオなどのポルノグラフィの売買禁止することについても、理解できる。
一方、(2)の目的において注意しなければいけないのは、「児童ポルノ」を取り締まるのは「児童」を守るという目的のための一つの手段であって、「児童ポルノ」を取り締まることは、「児童」を守ることとイコールではない、というところだ。つまり、「児童」の売買春や性的虐待が無くなれば、そうしたシーンを撮影した「児童ポルノ」は必然的に消えて無くなる。しかし、「児童ポルノ」だけを取り締まって見かけ上何も起こってないように見える世界にしたとしても、もしかしたらそれは「児童」への性的犯罪が単に撮影されなくなったというだけの話かもしれない。
だから、重点を置くべきは、「児童ポルノ」を禁止することではなく、「児童」を守ることであり、売買春や「児童ポルノ」の禁止は、その手段でしかない。「児童ポルノ」を取り締まることに自己目的化しては、「児童」を守ることはできないだろう。確かに、「児童」が望まない性行為をさせられているような写真や動画の頒布を止めることは、社会の利益だろう。そうした撮影や頒布の行為を禁じることも、確かに「児童」の人権を守っているだろう。だが、「児童」を売買春や性的虐待から守るには、まず何よりも売買春や性的虐待といった行為自体を取り締まる必要があるだろう。
この法律の改正を推進する人達は、勘違いしているのか、意図的に捻じ曲げているのか、「児童ポルノ」を取り締まれば、「児童」を性的虐待などから守れるのだと考えているようである。「児童ポルノ」を取り締まるのは社会の利益であり「児童」のためなのだ、という。
しかしながら、例えば、18歳未満に売られることがないよう自治体の条例や業界団体できつく規制している架空の美少女マンガやゲームの絵を、販売のみならず、個人的に描くことすら禁止するような法律は、一体誰の利益を守っているのだろうか。それでは思想警察そのものではないか。あるいは、アイドルの写真集を販売した人間のみならず、購入・閲覧した人間全員を逮捕できる法律は、本当に「児童」を守っているのだろうか。しかも、成人したタレントであっても、18歳未満に見える童顔のモデルは違法にしようというのである。それでは、容貌による差別ではないか。マンガやアニメ、ゲーム、アイドルなどの娯楽産業が潰れ、「児童」の人権侵害とは何の関係も無かった一般市民までもが、逮捕の危険に晒されるだろう。「児童」を守るという当初の目的から、すっかりズレてしまっている。こんな法律を施行するよりも、渋谷や池袋のパトロールでもしていた方がよっぽど「児童」を守れるに違いない。
この「児童ポルノ法」の改正案について、インターネット上で侃侃諤諤と戦わされている議論を、筆者は延々眺めてみたが、規制賛成派と反対派でさっぱり議論がかみ合わない。その理由は簡単だ。規制賛成派は、「児童ポルノ」の取締りが「児童」の権利のためであると信じそれを表明する一方で、規制反対派は、「児童」のためになることと「児童ポルノ」の規制がイコールではないという事実を、統計やら事例やらで様々に指摘する、というバトルになっていたからだ。つまり、信念対事実の争いになっていて、両者の依って立つ議論の前提がそもそも異なっているのだ。規制派は根拠の不要な信念の提示、反規制はその信念を揺るがす根拠の提示、そして飛び交う罵声。これは建設的な議論にならない。まるで、天動説と地動説との争いのようなもので、片方が意固地な信念を捨てて事実と向き合わない限り、議論はずっと平行線のままだろう。
次世代を担う「児童」を守ることは、社会として必須である。だが、「児童の『人権』を守る」という一見美しい錦の御旗が、一体誰の権利を守っているのか、今一度確認してみる必要があるだろう。(中川 譲)
プロフィール:
MiAU 2007年設立。ネット上の世論を集約し、政策提言などを行う団体。著作権法関連の動きについて、ネットユーザが意見表明するためのサポートを行っていくことを目的として設立された。
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「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
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