岩見隆夫のコラム

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サンデー時評:四七・八、何の数字かご存じですか

 年初以来、ずっと気になっている数字がある。四七・八%。警察庁がまとめた統計だが、昨年一年間に全国で起きた殺人・殺人未遂事件のうち、被害者が親族だったケースの割合だ。

 親族殺人は年々増加の傾向をみせ、ついに〈ほぼ半数〉という高率になった。子供の親殺しなどはハデに報道されるから目立つが、まさかこんな件数になっているとはだれも思っていない。

 この数字を知ったのは一月十日付『毎日新聞』夕刊で、一段見出しの小さな記事だった。

〈えっ、まさか〉

 と驚きながら読んだ。それによると、一九九七(平成九)年が一一四二件のうち四四六件で三九・一%、その後四〇%台前半で推移するが、二〇〇七(平成十九)年は一〇五二件のうち五〇三件で四七・八%、五〇%を超える年が近いのかもしれない。

 被疑者別にみると、多い順から配偶者(内縁を含む)一九一件、親一三二件、子一〇一件、兄弟姉妹四二件、その他の親族三七件となっている。毎年、夫婦間の殺人・殺人未遂事件がもっとも多く、次は年によって子殺し、親殺しだったりする。

 数字を並べると、そんなものかと思うかもしれないが、極めて異常なことだ。日本の家庭は崩壊どころか、事件の現場になりつつある。ことに、未成年者の家庭内殺人は男子の犯行とみられてきたが、最近は、千葉県佐倉市でアルバイト店員の少女(十九歳)が自宅に放火して父親を殺害(〇六年七月)、京都府京田辺市では専修学校生の少女(十六歳)がやはり父親を刺殺、と犯行は女子にも広がってきた。

 二つの答えを迫られている。なぜこんな恐ろしい社会になってしまったのかという原因分析、次に正常な姿に戻すための処方箋はあるのか。

『毎日』記事には、尾木直樹法政大教授(臨床教育学)の談話が載っている。

「家族が社会から切り離され、カプセルに入ったような状況にあることが大きい。濃密な関係であるほど事件が起きやすい」

 と尾木さんは言う。そうに違いない。ではなぜカプセル化したのか。原因は社会にあるのか、家族にあるのか、個人にあるのか。もっと〈国のあり方〉がかかわっているのか。

 昔はこんな議論はなかった。議論をする必要がなかった。向こう三軒両隣、というのはうまい言葉だ。近所付き合いの濃さを表現している。

 隣組という小さい共同体組織のネットワークが全国的にあって、定期的に回覧板が回ってきた。家庭内の事情もお互いに知り、何かあると相談し助け合う。親に言いにくいことを近所の親しいおばさん、お兄ちゃんに聞いてもらったりした。

 親が留守のとき、隣でご飯を食べさせてもらった記憶がある。お花見も誘い合わせ、総出でドンチャン騒ぎした。カプセル化など起こりえない血縁プラス地縁の住み心地よい社会ができていたのだ。

 ◇親のエゴ、体罰、暴力 広がる親族殺人の根

 それが敗戦を境に一変する。すべてが戦争に結びつけられ、いいものまで捨てられた。隣組単位で防空演習をして戦意高揚の舞台になったのは確かだったが、隣組というつながりが悪いのではないのに、愚かな錯覚である。

 加えて野放図な個人主義がアメリカから輸入され、それを日本的にうまく消化するのに失敗した。気がついてみたら、家族、地域、社会、国を軽くみる利己的な国民に変質していたのだ。

 ある保育園の園長の告白を読んだことがある。この二十年間に明らかに変わったことが二つあるという。一つは、土日に夫婦で遊びに行きたいから子供を預かってほしいといったニーズが増えたこと。親のエゴが優先され、子供への愛情が薄れている。

 もう一つは、子供に対するDV(ドメスティック・バイオレンス、家庭内暴力)の増加だ。お昼寝のために着替えをさせると、アザや生傷が目立ちだしたという。親に言うと、「ちょっと転んで」などと逃げるが、体罰、暴力であることは間違いない。

 状況は悪化している。親族殺人の根は広がっているとみなければならない。尾木さんはカプセル家族の〈濃密な関係〉を言うが、その関係は決して良好ではない。放任や体罰で育てられた子供が〈濃密な憎悪〉を秘めていておかしくないからだ。

 何か打つ手があるのか。戦後六十三年の間にじわじわと悪化してきた、いわば社会の持病がおいそれと治るはずがない。

 だが、ヒントはある。福井県選出の自民党衆院議員、稲田朋美さんが、『月刊日本』三月号の特集〈あなたは家族に殺される!〉のインタビューで語っている〈福井モデル〉がその一つだ。

 稲田さんによると、福井は出生率二位、共働き比率一位、失業率四十七位、三世代同居率二位、刑法犯検挙率一位である。

「昔の福井は貧しくて、男が働くだけでは生活できず、家族が支えあった。そういう伝統がいま逆に生きていて、数字に表れている。子供は塾に行かずとも、学力調査では小学校が全国二位、中学校が全国一位です。

 福井は不便なところで新幹線も通っていません。そのことが逆に伝統的な日本の良さを保存することになったのでしょう。兼業農家が多く、早寝早起きの習慣がいまでも維持されている。三世代同居が多いから、共働きでも子供の世話は祖父、祖母がしてくれる。家族が苦労して自分を育ててくれる姿を見ているから、子供も親を大事にする」

 と稲田さんは言う。

 保守的な風土で、県議会にも女性議員がいない。稲田さんは五十九年ぶりに選出された女性代議士である。しかし、福井の女性がか弱いのではなく、むしろ、肝っ玉母さんのような豪快な女性が多い。ここに家族大事の日本の原風景、〈福井モデル〉があるというのだ。

 まあ、即効的な策はない、四七・八%を少しずつでも減らすために衆知を集めるときだろう。子殺し、親殺し、こんな悲しい話はない。

<今週のひと言>

 川田龍平さん、よかったね。

(サンデー毎日 2008年3月23日増大号)

 2008年3月12日

岩見 隆夫(いわみ・たかお)
 毎日新聞東京本社編集局顧問(政治担当)1935年旧満州大連に生まれる。58年京都大学法学部卒業後、毎日新聞社に入社。論説委員、サンデー毎日編集長、編集局次長を歴任。
 
 

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