春一番が吹いた夜。駅前の居酒屋で1人でネギマ鍋をつついていたら、隣の2人の話し声が聞こえてきた。
「なぜ、あんな人が出世するんですか?」と若い方。「知らない」と無愛想なのは50歳前後か。まあ、自分に関係ないなら、サラリーマンにとって「人事」より面白いものはない。
「○○局長の縁続きなんですって。これが決め手なんですか?」「知らない」「それに××取締役とゴルフ仲間。いつも車で送り迎えするんですよ。やっぱりゴマスリですかねえ?」「知らない」「第一、彼、何も業績を上げていない。そうでしょう。そんなヤツが部長! 成果主義なんていいかげんなもんですよ」
後輩クン、何でも知っているじゃないか。「どうしたら出世できるのかな? 神様に聞きたいぐらいだ!」と皮肉っぽく、後輩クンが笑った時、おもむろに無口の先輩が口を開いた。
「神様になって教えてやろうか。それは、他人のせいにするすべを学ぶことだ」「エッ、他人のせい?」「何でも、他人のせいにする。絶対に責任を取らない。これが出世の要諦(ようてい)だ。考えてみろ、○○局長は責任を取ったか? ××取締役が責任を取ったか?」「……」「世の中、すべて、他人のせいにしたヤツが得をする。しかも、これからが大事なんだ。個人的に責任転嫁するには限界がある。組織的に他人のせいにするんだ」
「何です、その組織的って?」「例えば……キャリア官僚は1年半ぐらいですぐ異動するだろう。長いこと同じポストにいれば、必ずボロが出る。早く異動するのは、組織的にノンキャリのせいにするからだ」「嫌だなあ、潔くないじゃないですか?」と後輩が口をとがらせると、「何を言ってるんだ。日本で一番偉い総理大臣様だって、毎日毎日“他人のせい”にしているじゃないか」
ここまで盗み聞きして、ハタと気付いた。都知事さんも“他人のせい”の名人だ。人気取り、とは言わないが、無担保・無保証の新銀行東京をつくっておいて、焦げ付きでニッチもサッチもいかないと「旧経営陣の責任だ!」。金融に素人の自動車会社出身者を社長に据えれば審査が甘くなり、焦げ付くのは当たり前だ。「旧経営陣を追及する!」なんて……恐れ入谷の鬼子母神。究極の「他人のせい」ではないか。
ああ「他人のせい」コンテストでも開きたいほど、何でも勝手に責任転嫁!のご時世だ。(専門編集委員)
毎日新聞 2008年3月4日 東京夕刊
3月11日 | 「調和元年」って何だ? |
3月4日 | “他人のせい”の名人 |
2月26日 | 「月光族」がやって来る? |
2月19日 | 身長が暗示する「没落」 |
2月12日 | アルツハイマーの恋 |
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