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【土・日曜日に書く】ロサンゼルス支局・松尾理也 米医療制度改革のつまずき

2008.3.16 03:33
このニュースのトピックス米国

 ◆いくらでもある怪談

 1年前、米メリーランド州の貧しい黒人少年が、虫歯が悪化したせいで菌が脳に回り死亡した。手遅れになる前に抜歯さえしていれば命にかかわることはなかった。米紙ワシントン・ポストは「少年の母親が医療保険に入っていたら少年は助かっていた」と嘆いた。

 医療制度改革は今、米国の緊急政治課題のひとつになっている。

 それは、まれに見る熱戦となっている今回の民主党の大統領予備選で先ごろ、ロサンゼルスにオバマ、クリントン両候補を迎えて開かれた討論会で真っ先に取り上げられた話題が、イラク戦争でも経済でもなく、医療制度改革の問題だったことからも明らかである。

 予備選だけではない。失敗を重ねる連邦レベルの改革を待つだけでは間に合わないと、地方での改革機運も盛り上がりつつある。

 だが、改革実現への重要な試金石とみられていたカリフォルニア州独自の取り組みは、あえなく挫折してしまった。実質的な州民皆保険の実現を目指して、シュワルツェネッガー州知事が主導した法案を、州上院が圧倒的多数で葬り去ったのである。理由は、「破綻(はたん)するのが明確だから」だった。

 欧米の先進国で皆保険を導入していない国は、米国だけである。世界一の医療水準を誇る米国がなぜ、これほどまでに皆保険制度の達成に苦労しているのだろうか。

 ◆手厚い医療の代償 

 その理由について、たまたまロサンゼルスで知り合った日本人医師、脇本直樹氏の意見を拝聴することができた。余談になるが、脇本医師は、防衛医大に在籍していた当時、オウム真理教によるサリン事件の捜査の最前線に立ったこともある人物で、現在は、帰国して埼玉医科大に勤務している。

 “ご近所さん”だった日本人医師から直接、聞いた日米医療の比較論は、公式な論議とはまた違った現場での実感がうかがえて、興味深かった。一端を紹介したい。

 脇本医師によると、米国における医療の根本的問題のひとつは、日本とは比べものにならないほどの医療の高コスト体質である。

 米国の医療コストがどれだけ高額であるかについては、脇本医師は、実際に米著名病院で働いてみて実感したという。「日本の病院では、病棟で働いているスタッフはほとんどが医師か看護師だが、米国の病棟では、医師や看護師以外の職種の人々が数多くいる」

 どれくらいかというと、まず「病棟クラーク」と呼ばれる事務員やソーシャルワーカー、入退院マネジャーが病棟ごとに配置されている。また、病院内の患者搬送は、トランスファー・チームという数人一組の専属スタッフが行うことになっている。加えて、医師が述べる事項を聞き取り、カルテに記載するタイピストもいる。

 医療行為自体の分業化も進んでおり、注射や点滴は専門の看護師が行っている。感染症対策の専門看護師もいる。麻酔は、麻酔医の指導を受けて、麻酔士という資格を持った看護師が施している。

 「これらによって、医師や看護師が専門分野の診療に専念できる環境は整っているが、一方で、こうした手厚過ぎる体制が膨大な医療費につながっている」というのが、脇本医師の見立てである。

 ◆日本の幸運

 さて、自らの国を振り返ってみれば、急速に進行する高齢化に伴う医療費負担の増大という難題を抱え、それを食い止めることが喫緊の課題となっている。医療機関側には、薬価の切り下げ、診療技術費の抑制、医療費の包括支払い制度の推進といった形で、厳しいコスト削減の波が押し寄せている。

 しかし、国民一般の目は医師には厳しい。幸い、私自身は大病を患ったことはないものの、それでも、医師の不愉快な対応に遭遇した経験は少なくない。既得権益を声高に言い立てるのであれば、医師側の言い分には簡単には同意できないぞ、という気持ちはある。

 それに、米国の医療水準は、少なくともトップクラスの病院に限っていえば、確かに高い。脇本医師も「透明性を確保して、説明責任を果たそうとする態度は、日本の医療関係者がもっと見習うべき点だ」と、異議をはさまない。

 だが、医療保険をめぐる米国の悲惨な状況をみれば、日本は、皆保険制度を持つ幸運をきちんと認識しなければならないとも思う。人口が増加傾向にあり、年金制度への不安も日本とは比べものにならないくらい薄い米国でも、皆保険の導入は、ほとんど不可能と見なされるほど困難な事業なのだ。

 日本の医療が、数々の問題を抱えてはいるにしても、角を矯(た)めて牛を殺すようなことになってしまっては、元も子もないのである。(まつお みちや)

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