3月12日(ブルームバーグ):直近の日本株相場の急落で、ネットキャ
ッシュが時価総額を上回る企業が増加中だ。上場企業のうち、ネットキャッシ
ュが時価総額を上回る企業が300社に迫り、ソニーや京セラ、大正製薬などは
ネットキャッシュが時価総額の半分以上を占めている。こうした企業群からす
れば、M&A(企業の合併・買収)防止のためには増配による企業価値向上が
有効な手段となるため、今後は市場から増配や配当利回り向上への期待が高ま
る公算がある。
ネットキャッシュは、現金・預金と短期有価証券の合計から有利子負債を
差し引いた値で、企業が短期で現金化できる金額を示す。一般的にネットキャ
ッシュが大きいほど、買収先としての魅力が増すとされている。一方、日経平
均株価が10日には約2年半ぶりの安値となるなど、株価水準が下落している
ことで企業の時価総額は低下。時価総額に比べて相対的にネットキャッシュの
大きい企業が目立ち始めている。
日興アセットマネジメントの礒正樹シニア グローバル ストラテジストは、
「『質への逃避』の流れからバーゲン・ハンティングの動きこそまだ出ていな
いものの、現在の日本株は冷静になると歪みが生じている部分がたくさんあ
る」と指摘する。
ソニーは1.1倍
日興アセットによると、日本の全上場企業3941社のうち、11日終値時点
で株価ネットキャッシュ倍率(時価総額/ネットキャッシュ)が1倍以下の企
業は7.4%(292社)。豊田自動織機の0.66倍をはじめ大林組、平和、テレビ
朝日、戸田建設、奥村組、東京スタイル、中電工、日本証券金融、西松建設、
ダイドードリンコ、高砂熱学工業、三機工業、鳥居薬品などがある。約1カ月
前(2月4日)時点では6.4%(256社)だったことから、足元の株価下落で
増加傾向を示している。
株価ネットキャッシュ比率が2倍以下の企業としては、ソニーの1.1倍の
ほか、京セラ、ローム、大正薬、小野薬品工業、SANKYO、東京放送、石
油資源開発、フジテレビ、清水建設、セガサミーホールディングス、博報堂D
Yホールディングス、マブチモーター、ワコールホールディングスなどが並ぶ。
このくくりでは全体の22%(877社)に達し、ブランド力や技術力を持ちなが
ら、買収額のうち半分以上が買収先企業のキャッシュで賄える時価総額上位企
業も少なくないことが分かる。
株価ネットキャッシュ倍率が低い企業は、一般的にM&Aの対象となりや
すいとされる。株価は現在も明確な下げ止まり感が出ていないことから、「マ
ーケットバリューを上げて買収を防止するために企業はキャッシュを貯めず、
正攻法としての増配を行う必要がある」(日興アセット・礒氏)という。08年
3月期の企業業績は堅調であることから、株価下落が長期化してM&Aへの危
機感が高まれば、今後は配当や自社株買いなどが一段と増えてくることが予想
される。
企業は黙々と増配姿勢
実際、買収防止や株主還元意識の高まりを背景として、企業は配当増加へ
の傾斜を強めている。野村証券金融経済研究所が主要企業(NOMURA400
ベース)の配当状況を調べたところ、07年度に増配が見込まれる企業の割合は
51.3%。3月調査時点での配当総額は、前回12月時点予想に比べて0.4%増額
修正され、06年度比で17%増という。
足元でも、増配のアナウンスメントは昨年と同じペースで進行しており、
期末に向けてさらに増配の動きが期待できると野村金融研では予測する。投資
家の間でも、「使う予定のない手元資金を一定以上保有している企業や成長性
に乏しい企業は、配当や自社株買いで総還元性向を高めるべきだ」(みずほ投
信投資顧問の柏原延行執行役員)との声は強い。
実質配当利回りが弱気派のリスクに
ブルームバーグ・データによると、東証1部企業の予想配当利回りは
1.79%。これに対して米S&P500種ベースの配当利回りは2.21%、英FT
100指数の配当利回り4.16%と日本より高い。しかし、消費者物価上昇率を勘
案すると、日本の利回りは約1%なのに対し、米国はマイナス、英国はほぼゼ
ロ近辺にある。増配の動きが強まれば、日本株の実質ベースでの配当利回りの
高さが、「日本株のアンダーウエートへのリスクとして意識される」(日興ア
セットの礒氏)こともありそうだ。
一方、21世紀アセットマネジメントの清水孝則社長は、「海外投資家はあ
くまで成長性を評価して投資をするため、配当利回りの高さが必ずしも日本株
上昇のかっかけにはつながらないだろう」としながらも、「成長性あるグロー
バル企業で、業績下方修正懸念の少ない高配当利回り株は注目できる」(同
氏)としていた。
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