2006-12-18-月 呪い住みし館
■[book]島田荘司全集 I. 占星術殺人事件 斜め屋敷の犯罪 死者が飲む水
『島田荘司全集 I. 占星術殺人事件 斜め屋敷の犯罪 死者が飲む水』 判型:四六判上製函入 版元:南雲堂 isbn:452326421X 本体価格:1700円 |
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鮮烈なデビューから25年を経て企画された、著者の全作品収録を目指す初の全集第1巻。以下、作品ごとの感想と総評とを記す。 1, 『占星術殺人事件』 昭和十一年、梅沢家の人々が鏖殺される事件が発生する。その犠牲者のひとりである梅沢平吉の署名がなされた異様な文献通りに、彼の娘達が躰を切断されたうえ全国六カ所でバラバラに発見される、という異様な成り行きから、一時期その謎解きに日本中が沸き立ったが、結局真相は不明のままに終わっている。昭和五十四年、あるきっかけからこの事件にまつわる新事実と共に真相究明を依頼された御手洗潔は、友人石岡和己とともにこの謎に挑む―― 乱歩賞に落選しながらも、その驚異的なインパクトが惜しまれて出版の運びとなった、当時としては画期的な経緯で発表されたデビュー作である。社会派と呼ばれるリアリズム志向の作品全盛であった当時としては、そのあまりに大掛かりなトリックゆえに否定的な見解が多かった本編であるが、しかしいま読むと、その大仕掛けの外連味を除けば、輪郭や人物造型は極めて現実的であり、丁寧な状況固めが行われているので、思った以上に堅実な作りに映る。 ただ、初読当時も感じたことだが、あまりに肉を付けすぎて無駄が多いように思えるのも事実だ。こと最初の挑戦状より前のかなりの分量が結末にあまり奉仕しておらず、それが読後にやや釈然としないものを残すこともあろう。 とは言ってみるが、しかしこのトリックが解明されたときのカタルシスは、古今東西のミステリをすべて並べたなかでも出色であり、あらかたの違和感は拭い去られてしまう。このインパクトには、ある程度の文章量が必要であり、そう考えると求められた“無駄”であったとも考えられる。 最後に置かれた犯人の書簡がいささか情緒的に過ぎるのが、本格ミステリとしては少し湿っぽくしすぎているという気もするが、実はこのあたりはその後の著者の作風を仄めかしている点でもあり、それ故に島田作品の始まりとして相応しい一節と捉えられる。 十数年振りの再読であったが、改めて重量感に優れた傑作であると思う。 2, 『斜め屋敷の犯罪』 オホーツク海を望む丘に建てられた流氷館、通称“斜め屋敷”にて催されたクリスマス・パーティの晩、惨劇が起きた。招待客のひとり菊岡栄吉の運転手・上田一哉が殺害されたのである。警察官が大挙し、招待客を留め置いて捜査が行われるなか、翌晩には第二の殺人が発生する。今度の犠牲者は菊岡当人、しかも現場はいずれも密室。現地の捜査陣は手も足も出ず、担当刑事のひとり牛越佐武郎が警視庁の友人に助言を求めると――やって来たのは奇矯な占い師、御手洗潔であった。 著者はいわゆる“新本格ムーブメント”の原点に位置づけられることが多いが、その理由は鮮烈極まりないデビュー作よりも本編にあると考えられる。奇妙な館に集まった人々のなかで殺人事件が発生し、そこに登場した名探偵が華々しく、しかも非現実的なトリックを鮮やかに解き明かす、という基本構造は、綾辻行人に始まる書き手に多大な影響を及ぼしているのだ。トリックそのものの完成度については処女作に軍配を上げながら、ミステリとしてはこちらに愛着を覚える、と表明する書き手はかなりいたと記憶している。 しかし、これも今回十数年振りに再読したが、個人的には『占星術〜』ほど感心しなかった。いわゆる“館”ミステリとしての雛形を完成させた功績は間違いなく存在するが、主軸となるアイディア以外はかなり歪で完成度に乏しく、全体に不格好な印象を齎す。 だが、近年の作品に認められる、無理のある設定や謎解きを読者に納得させてしまう豪腕は既にこの時点で発揮されており、解決編から犯人の告白に至る流れでいつしかねじ伏せられてしまっている。不格好とは言い条、そこには序文で描かれているような、個人の手によって完成せられた城のような歪んだ構築美が存在し、それが読むこちらを圧倒するのである。 3, 『死者が飲む水』 昭和五十八年の正月早々、札幌在住の赤渡雄造宅に、雄造自身のバラバラ屍体を詰めたトランク二個が届けられた。東京と水戸に暮らす娘たちや旧友を訪ねる毎年恒例の旅行の途上で姿を消した彼はいったいどこで殺されたのか。そして、誰も彼もにアリバイのある難事件に、札幌署の牛越佐武郎刑事が挑む。 実は先行する2作品よりも、島田荘司という書き手にとって重要な1作だと考えられる。近年は別として、最も創作活動が旺盛であった時期には本格ミステリに縛られず様々なジャンル、雰囲気の作品を発表している著者だが、その布石となったのが本書であるからだ。 大掛かりなトリックを配置しつつ、現実味のある人物を登場させ、着実に不可解な物語を繰り広げていく。そして事件に挑むのは、実直だけが取り柄のような凡庸な刑事である。構成において、著者も認めるように松本清張の影響を滲ませて堅実に、しかしドラマティックに綴っていくさまは、先行する2作よりもずっと牽引力に富んでいる。 クライマックスにおいて急に新たな困難が立ち塞がり、それを泥縄式に解いていくさまは少々アンバランスな印象を残すものの、ギリギリまで謎めいた状況を引っ張ろうとするさまは静かながら極めて力強い。『斜め屋敷の犯罪』ではやや浮いていた犯人による湿っぽい述懐も、尺の程良さもあって綺麗に決まっている。小説としての完成度においても前2作より勝り、その手法は著者の初期を支えた吉敷竹史シリーズによって著者独自のスタイルとして完成されていく。 著者自身が地味と語り、実際先行する2作と比べてあまり顧みられていない印象があるが、純粋に小説としての面白さにおいても、島田荘司という書き手の歴史から鑑みても無視できない作品である。 総評 今回の全集編纂に当たって、著者は後年に得た知識も交えて改稿を施しているという。さすがに旧版と比較検討することまでは出来ず、どの程度変化しているのかは不明だが、まだ新人であったが故の粗さや勢いは殺されていない、という印象を受けた。言い換えればぎこちなさ、不格好さもその片鱗を留めていて、決して読みやすくはないのだが、そこを読ませてしまうのは変わらぬ力強さの証左と言えよう。個人的には、昔二度ほど読んだきりながら愛着の強かった『死者の飲む水』を再読することが出来、なぜ愛着を感じていたのかが確認できたのが収穫であった。吉敷竹史シリーズによって島田作品に巡り逢った私としては、そうした流れの原点に位置する『死者の飲む水』のほうにより魅力を感じていたようだ。 近年は社会悪に対する憤りが強く滲んだり、現実的に見てもフィクションという領域からも無理の多いトリックが増えたために賛否の分かれることが余計に多くなった印象のある著者だが、こうして初期作品を再読してみると、基本姿勢はさほど変えていないことが窺われる。年輪を得て癖が強まっただけなのかも知れない。 何にしても、十数年を経てそれなりに肥えた目には文章や仕掛けなど様々な点で引っかかることを覚えたのも事実ながら、その迫力と魅力は未だに色褪せていない、というのを実感した。未だこの傑作に触れていない方は無論のこと、随分前に読んだきりであるファンにも、本書で改めてその魅力を確かめていただきたい。そしてその熱が冷めないうちに、御手洗とともに著者を代表する吉敷竹史シリーズ二長篇とユーモアに溢れた『嘘でもいいから殺人事件』、そしてその表現力の幅を証明した『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』を含む全集IIを刊行していただきたいものである――度重なる延期もなしの方向で。 |
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