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2008年03月02日(日曜日)付

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米兵釈放―それでも事件は消えない

 14歳の女子中学生に乱暴したとして沖縄県で逮捕された米海兵隊の2等軍曹が、不起訴処分となって釈放された。被害を受けた少女が、告訴を取り下げたからだ。

 少女は取り下げの理由について「これ以上かかわりたくない。そっとしておいてほしい」と述べたという。

 こうした性犯罪は、被害者のプライバシーを守る必要もあり、告訴がなければ起訴できない。米兵は日本の司法の場では裁きを受けないことになった。

 だが、捜査は打ち切られても、疑いが晴れての釈放とはまったく違う。強姦(ごうかん)の容疑を否認し続けた米兵自身も、取り調べに対して「少女に関係を迫った」ことまでは認めた。米兵のしたことは決して許されない。

 米兵の身勝手な行動によって少女が受けた心の傷を思うと、なんとも痛ましい。米兵と一緒にいたときの恐怖は、どれほどだったろう。逃げ出して保護されたあと、やりきれない悔しさや怒りも覚えたに違いない。

 そんな思いをした少女の告訴取り下げである。この決断は、性犯罪がどんなに女性を傷つけるかも示している。

 強姦や強制わいせつなどの被害にあった女性にとって、警察へ訴え出るのは、ただでさえ勇気がいる。細かく事情を聴かれるよりは、「早く忘れたい」と泣き寝入りをする人も多い。いったん出した告訴の取り下げもしばしばある。これ以上、傷つきたくないと思うからだ。

 ましてや今回、少女の肩にのしかかった重圧は、想像にかたくない。

 米兵が逮捕されたことは、沖縄にとどまらず、全国を揺るがすニュースとなった。事件への注目が集まり、米兵や基地への批判の声が高まった。裁判になれば、さらに世間の目にさらされる。

 事件の発覚後、ネットなどに「少女の行動にも甘さがあった」などという批判が載った。だが、いくら警戒心を持っていても、防げないことはある。心ない中傷は、少女をいっそうつらい状況に追い込んだのではないか。

 米兵による事件の根絶を訴えてきた地元には、告訴取り下げに戸惑いもあるだろう。しかし、少女の決断を重く受け止めるしかあるまい。

 もちろん、米兵をめぐる問題がこれで解決したわけではない。沖縄では、95年に起きた米海兵隊員3人による少女暴行事件のあとも、米兵の犯罪や事故がいっこうになくならない。米軍当局が「綱紀粛正」を約束しても、事件が繰り返されてきた現実がある。

 釈放された米兵について米軍は独自の調査を続けるようだ。沖縄のほか、山口県岩国市では軍人らの基地外への外出も禁じられた。再び同じような事件が起きないよう対策を徹底してもらいたい。

 それが、不安と怒りをぬぐえずにいる基地の地元と、なによりも被害にあった少女に対する米軍の責任である。

橋下知事始動―大阪の沈没を救えるか

 破産寸前の財政をかかえる大阪府は、沈没間際の船といってもいい。沈没を免れるには、まずは水が漏れている場所を見つけ、ふさがなければならない。

 大阪府知事に就任した橋下徹氏は初めての府議会に臨んで、「今年は大阪維新の年。歴史上、類のない大改革に取り組む」と「船長」の決意を語った。

 「収入の範囲内で予算を組むこと」がその大前提と述べ、4カ月に限った異例の暫定予算案を提案した。新規事業はほとんどない。1兆2000億円の歳出には、人件費など最小限のものしか盛り込まなかった。市町村への補助事業も、大幅に減らした。

 そのうえで、必要な施策かどうかを6月までにゼロから洗い出し、8月以降の本予算を組む考えだ。船出の号令は、船体の総点検の指示だったといえる。

 これに対し、府内の市町村には事前に相談がなかったという反発がある。府の補助をあてにした予算案をすでに固めており、今さら変更がきかないためだ。

 だが、本当に必要な事業の補助金なのか。これを機に市町村の側も点検すべきだ。その結果、どうしても必要だというのなら、府に改めて要求すればいい。

 府財政は9年連続で赤字決算が続いている。ところが、禁じ手の会計操作を使い、借金返済を先送りしていた。

 改めて試算したところ、財政の正常化のためには、今後9年間で6500億円の歳出削減が必要となった。年間の一般会計予算の2割に達する額である。

 「子育て支援と教育」を政策の柱とする知事であり、そうした分野に大なたをふるうことはできまい。そうだとすれば、財政再建のためには、議会を含めた人件費の大幅削減が必要になってくる。その難しい問題にどのように手をつけるかが、これからの最大の課題だ。

 公共事業の見直しや出資法人の廃止はもちろん、必ずしも必要ではない府立施設の売却も避けては通れないだろう。

 橋下氏は就任後、「図書館以外の府立施設は不要」と言い、施設の視察を続けている。「図書館以外は不要」というのは極端かもしれないが、聖域なく事業を洗い出すうえで、こうした「橋下流」のショック療法は有効な面もある。

 一方で、心配なのは言葉の軽さである。すでに「府債発行は原則認めない」という当選後の発言は揺らいだ。

 そのことを民放の番組で問われて「机上の空論みたいな批判」と反撃したり、NHKの番組で「遅刻」と指摘されて、もう出演しないと「逆切れ」したり、大人げのなさも目立つ。財政再建で矢面に立つ場面は数々あるだろう。そのたびに反発していては身がもつまい。

 沈没寸前の船を動かすのは職員だ。そして、府民の支持がなければ船は前に進めまい。職員や府民に説得力を持つ浮上策を示し、その言動も信頼され続けることができるかどうか。それが新しい「船長」に問われている。

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