在日本大韓民国民団群馬地方支部
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基本条約
日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約
1965年(昭和40年)6月22日に日本と大韓民国との間で結ばれた条約。通称日韓基本条約。経済協力や関係正常化などの取り決めがある。条約は英語と日本語と朝鮮語で二部ずつが作られ、それぞれ両国に保管されている。
条約の内容
条約は7条からなる。第2条では、両国は日韓併合(1910年)以前に朝鮮、大韓帝国との間で結んだ条約(1910年(明治43年)に結ばれた日韓併合条約など日韓条約の破棄)のすべてを放棄することを確認し、第3条では日本は韓国が朝鮮にある唯一の合法政府であることを確認し、国交を正常化した。
この条約によって国交正常化した結果、日本は韓国に対して多額の政府開発援助(ODA)を行い、韓
国はその資金を元に「漢江の奇跡」と呼ばれる経済発展を遂げた。
条約に関する歴史認識の違い
しかしながら条約にある「もはや無効であることが確認される」という文章をめぐり日韓両国の解釈が異なり、あわせて韓国併合に対する歴史認識論議が絶えない。ちなみに韓国側は本条約の締結により、「過去の条約や協定は、(当時から)既に無効であることが確認される」解釈をしているのに対し、日本側は本条約の締結により、「過去の条約や協定は、(現時点から)もう無効になると確認される」いう解釈をしている。
付随協約
日韓基本条約締結に伴い以下の様な協約が結ばれた。
・財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定(日韓請求権並びに経済協力協定)
・日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定(在日韓国人の法的地位協定)
・日本国と大韓民国との間の漁業に関する協定(日韓漁業協定)
・文化財及び文化協力に関する日本国と大韓民国との間の協定
・日韓紛争解決交換公文
韓国に対する日本の供与及び貸付け
対日戦勝国として戦争賠償金を求める韓国に対して日本は、韓国を合法的に領有、統治しており、韓国と交戦状態にはなかったため、韓国に対して国家賠償をする立場にないと主張した。逆に、日本側は韓国独立に伴って遺棄せざるを得なかった在韓日本財産の返還を請求する権利が有ると主張した。日本の対韓請求権に関しては、韓国が米国に照会して日本の対韓請求権は存在しない事を確認し、日本政府も日韓会談の過程でそれを受け入れた。
結局両国は、題名を「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」とし、日本は韓国に対する供与及び貸付けは「独立祝賀金と途上国支援」だと日本国会で説明し、韓国は日本による供与及び貸付けを「財産と対日請求権問題解決における賠償及び補償と経済協力」だと韓国国会で説明した。
・この協定により、日韓間の請求権に関する問題が完全かつ最終的に解決したとされる。
財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定によって日本は韓国に次のように供与及び貸付けがされた。
・3億ドル 無償金(1965年)
・2億ドル 円有償金(1965年)
・3億ドル以上 民間借款(1965年)
なお、当時の韓国の国家予算は3.5億ドル、日本の外貨準備額は18億ドル程度であった。
1971年の対日民間請求権申告に関する法律及び1972年の対日民間請求権補償に関する法律(1982年廃止)によって、軍人・軍属・労務者として召集・徴集された者の遺族に補償金としてあてられたが、終戦後に死亡した者の遺族、傷痍軍人、被曝者、在日コリアンや在サハリン等の在外コリアン、元慰安婦らは補償対象にならなかった上、総額は約91億8000万ウォン(約58億円)と、無償協力金3億ドル(約1080億円)の僅か5.4%に過ぎず、他の大部分は道路やダム・工場の建設などに投資されたと言われている。なお、韓国側議事録では個人の賠償請求の完全解決が確認されている。(上記注「漢江の奇跡」)韓国政府およびその国民は、日本国からすでに最終解決に伴う供与及び貸付けを受領していたにもかかわらず、韓国政府がそれを国民に隠して流用していたため、その国民は韓国政府に対して分配分を請求するより他の道はなくなってしまった。
1949年、韓国政府は日本に対して、対日賠償要求を連合国軍最高司令官総司令部に出した。その内容は「21億ドル(当時)プラス各種現物返還」であった。大蔵省財政史室編『昭和財政史。終戦から講和まで』東洋経済新報社によると、日本が朝鮮に遺棄した財産や資産は、軍事資産を除き計53億ドルであった。日本が朝鮮に残した資産が賠償要求額を上回っていたのに韓国に対して約8億ドルの供与及び貸付けをしたのは、朝鮮に残した日本資産は公私と関係なく米ソ両軍政府に接収されたので、そもそも日本には「対韓請求権」が存在しなかったからである。
反対運動
条約締結に際し、日韓両国で激しい反対運動が起こった。日本での反対運動は学生活動家や新左翼らによって展開された。そこでは北朝鮮を無視した韓国との単独国交回復に反対するものが主であった。
北朝鮮との交渉
北朝鮮政府は「日本はまだ北朝鮮に対して、戦後賠償や謝罪をしていない」と、北朝鮮による日本人拉致問題の解決の交渉の上で再三述べ、日朝国交正常化と日本の北朝鮮に対する戦後賠償と謝罪が何より先決だと主張している。
日韓両国は日韓基本条約第三条にて韓国政府の法的地位を「国際連合総会決議第百九十五号(III)に明らかに示されているとおりの」として朝鮮にある唯一の合法的な政府とすることで合意した。この国連決議は韓国の単独選挙を行うことに関する決議であるが、韓国の単独選挙は米軍政府管轄区域(38度線以南)のみで行われ、ソ連軍政府管轄区域である38度線以北は除外された。
日韓交渉当時、北朝鮮政府の存在そのものを認めない韓国は当然、この決議を韓国政府の正統性の根拠として休戦ライン以北を含めた朝鮮半島全域に支配権があると解釈している。一方、日本は国連決議どおり、米軍政府管轄区域(38度線以南)のみで行われた単独選挙なので、韓国政府が朝鮮にある唯一の合法的な政府ではあるがその支配は元米軍政府管轄区域であった朝鮮南部のみで、元ソ連軍政府管轄区域であった朝鮮北部は、非合法組織(北朝鮮)によって支配されていると解釈している。日本は現在、このような解釈をもとに、北朝鮮による日本人拉致問題の解決と日本の北朝鮮に対する戦後賠償と謝罪を包括した日朝国交正常化交渉を行っている。
韓国政府における議事録の公開
2005年1月17日、大韓民国において、韓国側の基本条約及び付随協約の議事録の一部が公開された。2004年1月11日の朝鮮日報によると、日本政府は韓国政府に対して非公開を随時要請していた。韓国側の議事録が公開されると、日本と韓国間の個人賠償請求について「完全かつ最終的に解決した」との文が明記されている事が大韓民国において広く知られ、大韓民国内で大きな衝撃が広がった。この事は日本でも報道され、在日コリアンにも大きな衝撃を与えている。 また、2005年8月26日に追加公開を行った。公開前に、国益に著しく反すると判断されるごく一部については非公開とされたが、最終的には全文公開をしたとされている。 公開における文書の分量は、156冊で、3万5354ページである。 しかし、韓国側の議事録が明らかになったことで、日韓交渉時における韓国政府の交渉に不満を持つ一部の韓国国民は、再交渉して条文の補填を要求している。 ちなみに日本政府は未だに日本側の議事録を公開していない。
なお、韓国では、日韓基本条約、請求権及び経済協力協定自体は、既に公開されている(韓国では非公開という説があるが、間違いである。日本に比べ、韓国の方が公開の時期が遅かったため、韓国のみ非公開であった期間に流布された情報が、現在も残ったためであると考えられる)。
韓国での見直し論と条約交渉の経緯
2005年4月21日、韓国の与野党議員27人が、日韓基本条約が屈辱的であるとして破棄し、同時に日本統治下に被害を受けた個人への賠償などを義務付ける内容の条約を改めて締結するように求める決議案を韓国の国会に提出し、日韓両政府が日韓基本条約締結の過程を外交文書ですべて明らかにした上で韓国政府が日本に謝罪させるよう要求している。
交渉過程では日本が、韓国の対日債権(韓国人の軍人軍属、官吏の未払い給与、恩給、その他接収財産など)に対しては日本政府が個別に償還を行うと提案したが、韓国政府は個人への補償は韓国政府が行うので日本は韓国政府へ一括して支払うこととし、現金合計21億ドルと各種現物返還を請求した(交渉過程は公開済み議事録に記載)。日本は韓国政府へ一括支払いは承諾したが21億ドルと各種現物返還は拒否し、その後、請求に関しては韓国が妥協して、日本は前述の記載通り独立祝賀金と途上国支援として無償3億ドル、有償2億ドル、民間借款3億ドルの供与及び貸付けを行った。この時、韓国政府はこの供与及び貸付けを日本に対して債権を有する個々人にはほとんど支給せず、自国の経済基盤整備の為に使用した(現在この点を批判する運動が韓国で起きている)。また、交渉過程で、日本が朝鮮を統治している時代に朝鮮半島に残した53億ドル分の資産は、朝鮮半島を占領した米ソによって接収されていたことが判明した。(インドがイギリスから独立したとき、イギリス人やイギリス企業がインドに持っていた資産が独立後も継続して保証されたというように、植民地が独立した場合にも宗主国財産は従前の通り保証される場合が多かった。ただし、イランやインドネシアのように、独立後に強制接収されるケースもある)。このように日本が旧植民地の放棄にともなって旧植民地にある資産の放棄に至った理由としては、日本が連合国に対する敗戦国であったことが挙げられる。また、当時世界最貧国のひとつであった韓国を強化し、日韓双方が協力してベトナム戦争を支えるようアメリカ合衆国が日本と韓国に圧力をかけて双方の妥協を強要したのだという見方もある。
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