しかしなぁ、この
「秋葉原の歴史」の記事はむちゃくちゃだ。
いい加減な記述があまりにも多い。
アキハバラ、の語源はたしかに、秋葉大権現なのだが、このあたりは神田川沿いで土地も低く、湿地帯だった。で、トンボが多かったわけです。そのトンボは古語で「アキツ」と言うわけです。つまり、秋葉大権現の「アキ」は、おそらくここからきている、と言われている。ネットにはまだそんな情報はないけどね。
「戦後は進駐軍からガラクタを買い取り、それを直して売るような露店がこの一帯に林立していました。当時は真空管やトランジスタなどを扱う店が多かったようです」(小島さん)
今も『○○無線』という店名が多いのは、トランジスタを扱っていた時代の名残だ。
って、あなた、戦後すぐの時代はまだ真空管の時代で、トランジスタが秋葉原でも普通に見られるようになったのは、1960年代ですよ。ちなみに、1955年にソニーがはじめてトランジスタ・ラジオを発売したんだが、このときのトランジスタはあまり性能がよくなかったから、回路設計もけっこう大変だった。そして、この時代はまだまだ真空管の時代だった。
そのうち、トランジスタはゲルマニウムからシリコンになった。シリコントランジスタをぼくが始めて秋葉原で見たのは、小学校の高学年のころだったけど、このころから半導体を使った電子製品が本格的に真空管を淘汰しはじめた。
しかしね、真空管とトランジスタがいっしょくたになってる。この大雑把な記事はいったいなんだ?
そして、この記事の「歴史」には、「パソコンの時代」の秋葉原がそっくり抜け落ちてる。「ゲーム」がすべてじゃなくて、あの時代マイコンとパソコン、そして、ゲームの時代、というほうが正しいと思う。パソコンの時代があったからこそ、ついこの前までMicrosoftの副社長をやった古川さんとか、そういう人たちが秋葉原のマイコンとかパーツの販売店でアルバイトしていた、なんてエピソードもあるわけで。
本当の秋葉原の歴史は、
こちらのほうがはるかに正確。
記者の方、取材に行くなら、秋葉原の生き字引、「ぷらっとホーム」の本多さんに話を聞きにいかないと、ダメですよ。
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