第138回芥川賞を受賞した川上未映子さん(31)は、作詞や作曲、音楽プロデュースをこなす歌い手でもある。同賞受賞者には、同じく関西出身のミュージシャンであり、文章のリズムが高く評価されている町田康さんやモブ・ノリオさんらがいる。文学と音楽。この二つの異なる才能に、関連性はあるのだろうか?【中川紗矢子】
◇「。」でバチンっ かっこいい 文章の切り際に通じるもの
◇歌手ゆえか 声が響いてくる文体
執筆や受賞後の取材対応で多忙な中、インタビューの待ち合わせ場所に歩いてやって来た川上さん。スカートにパーカという軽やかなファッションで、髪の向きを気にする“普通”の女性だ。作品から受ける「ぶっ飛んだ」イメージとは違い、落ち着きがあり、地に足が着いている。
川上さん自身は、評価されている文章のリズム感の良さや文学と音楽の関係について、どう考えているのだろうか。
「特に『リズム、リズム』と思って書かないですね。でも、『ぐっと来ない』というよりは『ぐっと来ん』という方がいいですよね。好みですね。音楽をやっていることによる影響はやっぱりあると思いますよ」
それは、どんな部分に表れるのか。「文章の切り際ですね。『。』(句点)が、音楽の中で見る、私が感じる美しさに相当する部分だと思います。(自分が書く文章の中に)なかなか『。』が出せないのは、それも関係あるかもしれません。音楽は、途中どれだけダラダラダラってなっても、最後にバチンって止まればかっこいい、っていうのがあるんですよ。だから、『。』ってそういうものだ、と思っている部分があるのかもしれない」
川上さんの文体は、句点がないまま次々に続くセンテンスが特徴だ。文が切られるであろうところに、代わりのように「、」(読点)が絶え間なく打たれ、リズムが生じている。同様に、かぎカッコ(「」)もほとんどない。
<それがあんたの信条でしょうが、は、阿呆(あほ)らし、阿呆らしすぎて阿呆らしやの鐘が鳴って鳴りまくって鳴りまくりすぎてごんゆうて落ちてきよるわおまえのド頭に、とか云(い)って、なぜかこのように最後は大阪弁となってしまうこのような別段の取り留めも面白みもなく古臭い会話の記憶だけがどういうわけかここにあるのやから、やはりこれはわたしがかつて実際に見聞きしたことであったのかどうか、さてしかしこれがさっぱり思い出せない。>(「乳(ちち)と卵(らん)」より)
母と娘が自分自身に卵をたたきつけ、泣きながら気持ちをぶつけ合うクライマックスでは、27字詰めで62行もの文章が「。」が一つもないままつながっている。
同賞選考委員の作家、池澤夏樹さんは、選考過程を振り返り、「(川上さんが)歌手である話は出なかったのですが、今考えてみれば、声のある文体である、と。目で読んでいて声が響いてくる、そういう仕掛けをちゃんと作り込んでいるという意味ではやはり歌手なのかな、と思います。関西弁がらみで口語的で、しかも次から次へと繰り出される文体は、町田康さんがいます。町田さんも音楽をやっている。そうするとそこには深い関係があるのかな、と思います」と話す。
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川上作品のもう一つの大きな特徴は、言葉の組み合わせだ。
文芸雑誌「ユリイカ」で川上さんの詩を読み、小説を書くよう勧めた「早稲田文学」編集室の市川真人さんは、川上さんの文章の特徴について、リズムと共に「言葉の選択」を挙げる。「比喩(ひゆ)や描写が特異でとっぴなんだけれど、それがものすごく絶妙に組み合わさっている。リズムの中に違和感のある比喩があって、でも、それをちゃんと見ると、納得させられる、他にはない調和がある」
文学、音楽、演劇、ダンスなど多くの分野で批評活動をしている佐々木敦さんは「作家は、その人にしかない言葉の使い方や選び方ができるのが一番の才能。『ここでこういう言葉を使うか』というような、ハッとさせられる使い方をするかどうかが、文学と、文学でないものを隔てる」と指摘する。その上で、川上さんの作品を「言葉に力がある。それが彼女の才能であり、あらすじの説明では出てこない」と言う。
その言葉の力も、リズム感と同じように音楽とつながっているのだろうか。
佐々木さんは「口に出して読むと、やっぱり独特なリズムがあるし、歌詞という意味では、音楽との関連があるかもしれない」と話す。だが、一方で「いわゆる音楽の才能と言葉の才能は、両立はするけど直結はしない。多芸な人がいる、というのが一つ。それから(文学の)純粋培養的な人の中には飛び抜けた才能を見つけることができなくなっているということではないか」とも分析する。
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文学に音楽と、マルチな才能を発揮する川上さん。今後、その他の分野にも進出するのだろうか。
「ないない、ないですよ。小説と歌が圧倒的に他と違うのは、面白い小説を読むと、読みながら、もう書きたくなってくる時があって、読めなくなってくる。面白いものに出会えば出会うほど、本を置いて書きたくなるんですよ。私だったらこうするな、っていうのが出てくるので、あんまり読書もできなくて……。でも、絵とかは、私も描いてみよう、という気にならない」
これからの作品について、川上さんはこう言う。
「野球選手は、球が来たら打つということで何億円ももらって面白いじゃないですか。その何億円と、工場で12時間働いている人の5000円とね、同じわけがないのに、同じ貨幣というものでつながっている。この世界の茶番加減、これに対する疑いとかに太刀打ちできるのは、やはり笑いしかないんですよ。笑いで認識しないとやってられないですよ。それがユーモアだと思うんで、そういうことを持っている文章じゃないと」
そしてこう付け加えた。
「私自身、単なる文字の組み合わせが紙に刷られて届き、読んでもらっていることで、私の生活が成り立っているんだ、というシャイネス(はにかみ)は持っておきたいです」
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■人物略歴
◇かわかみ・みえこ
1976年、大阪生まれ。大阪市立工芸高デザイン科卒業後、アルバイトなどを経て02年にプロ歌手になり、アルバム、シングル各3枚を発売。05年秋以降「ユリイカ」で詩を発表。07年に作家デビューした。小説2作目の「乳と卵」は22日に文芸春秋から発売。
毎日新聞 2008年2月13日 東京夕刊