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特集ワイド:この国はどこへ行こうとしているのか 堀場雅夫さん

 <おちおち死んではいられない>

 ◇人生、おもしろおかしく--学生ベンチャーの草分け・83歳・堀場雅夫さん

 ◇出る杭は伸ばせ/神髄は「自分で選ぶ」/少子高齢化、よろしい

 京都にはユニークな企業が多い。分析・測定機器メーカーの堀場製作所もその一つだ。売上高1000億円(連結)を超えたいまも、ベンチャー気質を残している。社是が「おもしろおかしく」というから、やはりユニークだ。実はこの社是、京大理学部の学生時代に同社を創業した堀場雅夫さん=現最高顧問=の生き方そのものでもあるという。学生ベンチャーの草分けを京都に訪ねた。

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 京都市南区の堀場製作所本社。エレベーターの扉一面に、デザイン化された「おもしろおかしく」の金文字が書かれている。ほかにも社内のあちらこちらで、この文字が目につく。なんとなく楽しそうな気分になるが、どうして社是に?

 「おもしろおかしく仕事をしたら、人の半分も疲れません。効率は倍になります。サラリーマンは生活時間の大半を仕事をして過ごすのですから、イヤなことをして過ごすのは人生がもったいない。経営にとっても、効率よく働いてもらえば都合がいいんです」

 ところがこの社是、70年代初めに当時オーナー社長だった堀場さんが提案したにもかかわらず、「取引先のひんしゅくを買う」と取締役会の猛反対でいったんボツに。その後、78年に社長退任(会長就任)の餞別(せんべつ)代わりに、やっと取締役会に認めてもらったといういわくつきだ。

 トレードマークの真っ白な長髪を後ろで束ねたチョンマゲ姿。柔らかい京言葉で歯に衣(きぬ)着せぬ辛口。しかも、言いたいことを単純で印象的なフレーズにまとめるのがうまい。「イヤならやめろ」「出る杭(くい)になれ」「人の話なんか聞くな」「もっとわがままになれ」--。共著も含めれば20冊を超した著書のタイトルにそれぞれなっている。だから、全国から講演依頼が絶えない。現在も、週2回、年間100回ほどの講演をこなしているという。

 堀場さんがよく話す失敗談がある。自動車の排ガスが問題になりかけた1960年代のことだ。同社の製品だった医療用の呼気分析器を応用して、排ガス測定器がつくれないか、と国の研究機関から依頼があった。この呼気分析器は手術室レベルの清潔さが求められ、厚生省(当時)の厳しい基準をパスするために丹精凝らした製品。「それを油やほこりにまみれて排ガスに使うのは無理だ」と堀場さんは断った。

 しばらくして、社内の若手社員がひそかに排ガス測定器の開発をしていることがわかった。「社長に無断でケシカラン」と怒鳴る堀場さんに、若手社員も「トヨタ、日産とマツダかどこかに、3台は売れますよ」と負けてはいない。最後は、堀場さんがしぶしぶ開発を認めることになった。その結果は--3台どころか、排ガス測定器は、最盛期には自社売り上げの4割を占めるほどの主力製品に成長した。

 「ボクにとっては冷や汗ものでしたが、出る杭は伸ばせ。そして、これもおもしろおかしくです」。堀場さんはのちに、この若手社員を2代目社長に抜てきした(現在は故人)。

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 53歳で社長を退いてからは社業以外に、新しい技術や発想で、ゼロから大企業に挑むベンチャービジネスの支援活動に力を注いできた。だが、日本の社会はベンチャーに冷たい、と感じている。

 例えば、先の排ガス測定器。実は当初は国内で3台も売れなかった。会社が小さくて、取引をしてもらえなかったのだ。そこで、米国のビッグスリーへ持ち込んだ。彼らは機器をテストし、採用を決めたあとで堀場さんにこう言ったそうだ。「ところで、お前のところは、どこの国の会社だっけ。日本? 道理で英語が下手なわけだ」

 「これがアメリカのいいところです」と堀場さん。その後、ビッグスリーが採用したと聞くと、日本の会社でも売れるようになったという。

 日本の「リスクをとらないネガティブ思考」も少しずつ変わりつつある。堀場さんに言わせれば、「ブランドの崩壊こそがその一環だ」と。「食品偽装で老舗もあてにならない。就職だって、官庁や銀行や有名大企業に入れば安心ということはなくなりました。みんなが、ブランド名ではなく、自分で選ばなければならなくなっているんです」

 この「自分で選ぶ」ことこそ、堀場さんのいうベンチャー精神の神髄と見える。「これからの時代、ベンチャービジネスだけに限りません。サラリーマンも、学校の先生も、官僚も、政治家も、みんなにベンチャー精神を発揮してほしいんです」

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 午後遅くのインタビューの途中で「昨年のボージョレ・ヌーボー(新しいワイン)は、いまごろからおいしくなってくるんです」と、ワインをふるまわれた。

 「少子高齢化で日本の活力がなくなるというが、人口は減ったらよろしい。なにより電車が込まんでいい。要は1人当たりGDP(国内総生産)を減らさないようにすること。マスコミは悲観的過ぎます。悲観論を言っているほうが知的に見えるからかいな」

 「団塊の世代は国の宝です。せっかく有能な人たちを、日本はよう使い切らんでしょう。団塊の人たちに、シルバーベンチャーを起こしてほしい。新しいビジネスをやってもいいし、人材不足の中小企業を手伝ってあげるのもいい」

 「日本人はぜいたくです。不況だなんだといっても、三度の飯が食べられない人はあまりいない。それどころかダイエットをしている。いま売れているのはイヌ、ネコのダイエット食品だと……」。ワインを飲みながらだと、言いたいことは次々とわいて出てくるらしい。

 ところで、最近は何に興味を? 「天文学」。ん?

 「地球が誕生してから46億年。それを46歳の人に例えると、人類が現れたのが2週間余り前。83歳のボクなんか、ほんの二十数秒前に生まれたばかりで、せいぜいあと2~3秒の命です」

 「そこでボクの結論。この世に生まれたからには、楽しい人生を送りたい。アホなことをやって過ごすのはもったいない。おいしいものを食べ、楽しい人たちと話し、おもしろい仕事をする--やっぱり、おもしろおかしく、なんですわ」【西和久】

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 ■人物略歴

 ◇ほりば・まさお

 堀場製作所最高顧問。1924年京都市生まれ。45年、京大理学部在学中に前身の堀場無線研究所を創業。世界的な分析機器メーカーに。78年に会長、05年から現職。医学博士。日本新事業支援機関協議会(JANBO)会長などを務める。

毎日新聞 2008年2月15日 東京夕刊

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