ここから本文エリア

現在位置:asahi.com>関西>救急存亡> 記事

(2)「外患」 暴力・訴訟 しぼむ熱意


 1月の夜、東京都墨田区の白鬚橋病院救急センターに怒声が響いた。

写真深夜、ソファで休憩する医師。10分後、急患で起こされた=兵庫県内の救命救急センターで

 「何でおまえみたいな若造が診るんだ。バカにしているのか」。泥酔者だ。当直は29歳の男性医師。「金、土の夜はいつもこう」。けられ、胸ぐらをつかまれたこともある。

 「酔っぱらいセンター」。週末、院内では自嘲(じちょう)をこめてこう呼ばれる。昨夏は、頭から出血した泥酔者が診察室で暴れ出し、ほかの患者が避難。警察が呼ばれた。患者が落ち着くまでは救急隊員も離れることができない。その日は同じような来訪者が続き、病院前に救急車が5台並んだ。

 壁をけり、穴を開ける。点滴台を振り回して威嚇する。暴れて心電図モニターを壊す――。すべてこの1年に起きた。

    ■

 長野県の救命救急センターでも刃物を持った男が暴れる「事件」があった。

 1月17日午前3時、「酔っぱらって階段を踏み外した」と訴える中年の男が救急車で運ばれてきた。外科系の当直医が診たが、男は「医者は何で、偉そうにしてるんだ」と怒り出し、ポケットから折り畳みナイフを取り出した。警備員が駆けつけて取り押さえ、病院の外へ追い出した。

 現場に居合わせた職員は「地方でもこんな患者が来るなんて。モラルの低下ははっきりしている」とこぼす。

 傷つき、現場を去る医師は後を絶たない。

 「救急なんて二度とやるもんか」。西日本の男性外科医(33)は言い切る。3年前まで大学病院の救急医だった。

 首つり自殺した男性の死亡確認をすると、つれ合いの女性に「なぜ助けられなかった」と責められた。大量の睡眠薬を飲んでは運ばれて来る若い女性には、目覚める度に悪態をつかれた。「医療とは患者と協同して行うものと思っていたのに」

    ■

 そして訴訟。

 大阪府内のある病院長は、当直医の専門外の患者はすべて断っている、と打ち明ける。

 3年前、薬物自殺を図った患者の搬送要請があった。当直医は外科系。薬物中毒は専門外だったのに助けようと受け入れた。治療を尽くしたが、急性呼吸不全で死亡。遺族は「医師の管理が悪かった」と提訴した。「がまんの限界。救急をやめて」。勤務医らの声に妥協せざるを得なかった。

 「頑張れば頑張るほど訴訟リスクが高くなるなら、続けたくても続けられない。救急制度はすでに破綻(はたん)している」

 救急医なら知らぬ人がいない判例がある。

 大阪高裁が03年10月、奈良県立五條病院に対し、救急患者の遺族に約4900万円の支払いを命じた判決。事故で運ばれた患者は腹部出血などで亡くなり、病院側は「当直の脳外科医が専門外でも最善を尽くした」と主張したが、裁判所の判断は「救急に従事する医師は、専門科目によって注意義務の内容、程度は異ならない」だった。

 訴訟になれば医師はさらに重い荷物を背負う。裁判所に提出する診療記録を分析し、1カ所ずつ日本語訳の注釈をつけていく。治療の合間に、膨大な作業が待っている。

    ■

 重篤患者を受け入れるため、人材・設備が最も手厚い全国205カ所の救命救急センターですら、不足する専従医は2500人といわれる。救急の担い手の多くは、より小規模な病院。交代で当直する各科の医師が専門外の患者を診ざるを得ない現実がある。

 白鬚橋病院長で都医師会救急委員長の石原哲(55)は訴える。「どんな優れた医者でも、何でもできるわけではない。専門外まで対応できなければ過失があると言うなら、受け入れを制限せざるを得ない」(敬称略)

 《救急のコンビニ化と院内暴力》 軽症者の救急搬送数は06年、254万件と10年間で1.5倍に増えた。総務省消防庁の04年調査では、全出動の3.4%が緊急性がないのに年5回以上搬送要請をした人によるもので、24時間、自分の都合で利用する「救急のコンビニ化」が進む。患者とのトラブルも頻発。東京都医師会が06年、都内274の救急施設に実施した調査(回答率71%)では、院内の安全について79施設が「大変不安」「不安」と回答。暴言・暴行は117例に上った。

PR情報

このページのトップに戻る