◇尊厳死協会批判「議論不十分」
厚生労働省は、75歳以上で「終末期」の患者が医師らと相談し、延命治療の有無などの希望を文書などで示す「リビング・ウイル(生前の意思表示)」を作成すると、病院などに診療報酬が支払われる制度を導入する方針を決め、08年度診療報酬改定案に盛り込んだ。患者本人の希望に沿った終末期医療を実現するのが目的という。専門家らからは、意思表示や治療中止の強制につながるなど、批判の声が上がっている。【大場あい】
制度は、75歳以上の患者が、治癒の見込めない終末期と診断された場合が対象になる。医師や歯科医師、看護師などが病状や予後などを説明。患者と医療者双方が終末期と納得した上で、▽生活支援のあり方▽急変時に延命治療を希望するか▽急変時に搬送してほしい医療機関--などを決め、文書や映像などで記録する。
診療報酬点数は示されていないが、13日の中央社会保険医療協議会で決まる見通し。話し合っても方針が決まらなければ算定の対象にならない。
意思決定の方法は厚労省の終末期医療の指針などを参考にする。だが、指針は複数の医療従事者で判断することなどを示すだけで、「余命何カ月」など終末期の具体的な定義は示していない。
日本尊厳死協会の荒川迪生(みちお)副理事長は「終末期に関しては法的、制度的にも議論が不十分で時期尚早だ。作成が強制される雰囲気になっても困る。延命治療の定義が明確でないため、文書があっても急変時に医療者側が混乱するか、ただの紙切れに終わる恐れもある」と指摘する。
指針作成に参加した川島孝一郎・仙台往診クリニック院長は「今の医師は病状説明だけで生活の話し合いをほとんどしないため、患者は情報不足のまま決定せざるを得ない。意思は変わる可能性があるのに、一度の説明で文書化したものが治療中止の金科玉条として使われる危険もある」と批判する。
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■ことば
◇リビング・ウイル
死期が迫ったときの治療方針などについて、事前に本人の意思を書面で示したもの。日本尊厳死協会は「尊厳死の宣言書」と訳し、「いたずらに死を引き延ばすための延命措置」などを拒否する独自の書面を作成している。03年の厚労省調査では、リビング・ウイルの考え方に賛成する人は国民の約6割。同協会によると、米国では約3割が所持している。
毎日新聞 2008年2月10日 東京朝刊