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特集ワイド:今、中国を語る/上 「食」ギョーザ中毒事件

 ◇食の安全保障、再考を

 途上国から改革開放経済政策の導入でめざましい急成長を遂げ、国内総生産(GDP)世界第4位にまで発展した中国。今回、日本中がパニックに陥った中国製冷凍ギョーザ中毒事件に象徴されるように、かつての「近くて遠い国」は日本人の日常生活の隅々に浸透している。北京五輪まで半年。中国の最新事情に詳しいジャーナリストと作家に「食」「五輪」を通じて、今後の日中関係を語ってもらった。司会は金子秀敏専門編集委員(元北京特派員)。【まとめ・田中義宏、中川紗矢子】

 ◇結果どうあれ、製造者責任欠ける 安全対策、プラス面も報道すべきだ 日本側にコストダウンの「副作用」

 金子 まず今回のギョーザ中毒事件の原因が中国にあったとすれば、どんな印象を持っていますか。

 莫 中国の国内でも「食の安全」は大きな社会問題です。事件の結果がどうあれ、中国にとっても食の安全は長いスパンで取り組まなくてはならない課題です。中国は「世界の工場」といわれています。昔は製品に問題があったとしても流通がほとんど地元に集中していました。しかし、今は国境を超えている。製造者責任も世界的な標準を求められているのに、責任意識、法制度、行政の監督体制などの点で課題が多く残っています。

 海外の報道に偏りがないとも言えないのですが、それは起きた問題を正当化する理由にはならない。即日、工場の責任者が記者会見をすべきでした。製品は国境を超えているのに、消費者への対応は超えていない。昔の国営企業時代のやり方のままです。

 亜洲奈 中国の場合、環境問題について特に言えますが、良い政策はニュースになりにくく、悪いことほどニュースになってしまうことです。中国には環境に配慮して基準をクリアした食品に認定される「エコ食品」の制度があって、これを取得したメーカーは06年6月で約3900社、対象製品は1万700種に上って、関心も高いんです。さらに現在、食品安全法案を審議中で、安全性に問題がある食品の回収制度、食品の安全信用状況の記録制度も築かれている。そういったニュースも報道されるべきです。

 富坂 この事件は中国の国内問題が外に出てきたのです。中国には上から下までいろんな人がいて、貧困層も抱えている。その周辺の人たちは競争が激しく、たびたび一線を踏み越える。

 日本がコストダウンを目指して非常に競争が激しい中国社会に入った結果、中国的なスタンダードが逆に日本に入ってきたプロセスの一つだと思います。日本はこの「失われた10年」で、かなり収入が減ったのに減ったという実感を和らげることができた。それは中国という「装置」を利用して、自分たちの経済のだめな部分に鎮痛剤を打ったということ。その結果、副作用が出てきている。しかし鎮痛剤は手放せない。いよいよ副作用をどうするという日本人の葛藤(かっとう)が始まったわけです。

      ■

 金子 日本の激しい反応は身近なギョーザだったからですか。

 亜洲奈 ギョーザという中国のシンボルのようなものが破られてしまったような悲しさを覚えますけれども、それだけ我々が中国に食を頼っていた依存度の高さを知るチャンスでもある。ただ、日本でも毒入りカレー事件が起こったわけですし、中国だから起こったというより、日本人の食の依存度の高い国だから表だってしまった。中国だからことさらに悪いとは私は思いたくないです。

 金子 このギョーザは中国食ですか、日本食ですか。

 莫 これは厳密に言えば日本の食品です。この会社は割と高いランクにある一流企業。だから日系企業の注文を受けているわけです。私は最初、ネズミ退治などに使われている殺虫剤がどこかの時点で混入したか、故意に入れたかと思いました。残留農薬でそこまでの濃度があったら大変なことになるからです。

 中国の食の安全だけではなく、他の製品の品質についても、生産高は高まったが、管理という面では、まだ整備されていません。毒入りのギョーザを食べて意識不明になるなんて、国内で起きても同じく大変な問題になります。

 こういったケースは根本的に洗い直さなければならない。仮に今度の事件が最終的に中国と関係なかったとしても、やはりこの事件を教訓に反省、改善すべきところはすべきです。

 金子 薄い皮の焼きギョーザは日本人の好物で、中国人の好物は厚い皮の水ギョーザ。まさに日本人用のギョーザを日本の商社が間に入って製造方法を教えて、中国の企業を育ててきたわけですね。

 莫 日本では、野菜は出荷する何日か前から農薬の使用が禁止されます。中国は基準がなかったわけです。また基準を守らなかったらどうするかとか、そういったことを時間をかけて取り組まなければならない。

 例えば、10年あるいは15年前、中国から日本が輸入した服はボタンがよく落ちたし、色が落ちてしまった。しかし、いまはまずない。だから日本の消費者がデパートに行って「中国製品は悪い」とは言わなくなった。日本の消費者が過敏になっている部分はあるにしても、品質には公正な一面がある。だから時間をかけて、固い意志を持って取り組んでいけば、不信感は段々解決されていくと思います。

 富坂 事件についてはいろいろな可能性が排除できませんが、中国では中央政府はお題目を唱えて、組織も作るし、法律も作る。しかし、下は果たして対応できるのかというのが重要な問題で、今年の全面禁止以前からメタミドホスは使用禁止になっているんですけども、禁止だといっても現場は使わざるを得ない。そういう背に腹は代えられないというのが中国の現状だと思います。

 莫 一方で、日本が海外の食品なしにやっていけるのかといえば絶対不可能です。中国の食品をもはや輸入しなくてもいいという声もありますが、近い将来、中国国民が所得向上に従ってよりいい食品を求めるようになると、日本に輸出しているメーカーは国内向けに回すと思います。日本はいかに中国や他の国から食糧を確保するかという危機に直面する。ですから、この問題は日本の食糧安全保障の大きな枠の中で考えなければならないでしょう。

 金子 中国と日本という、国境を隔てた関係でとらえるのではなく、中国にいる「生産者」と日本にいる「消費者」が信頼関係を作ることが、ますます必要になりますね。(7日につづく)

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 ■人物略歴

 ◇とみさか・さとし

 ジャーナリスト。64年愛知県生まれ。94年、21世紀国際ノンフィクション大賞優秀賞を「龍の伝人たち」(小学館)で受賞。

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 ■人物略歴

 ◇あすな・みづほ

 作家。東京生まれ。東大経済学部卒。99年に上海の復旦大学に留学。著書に「中国東北事始め ~ゆたかな大地のキーワード」など。

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 ■人物略歴

 ◇モウ・バンフ

 作家・ジャーナリスト。1953年上海市生まれ。85年に来日。「蛇頭」、翻訳書「ノーと言える中国」がベストセラーに。

毎日新聞 2008年2月6日 東京夕刊

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