◇話芸もういい…ビジョン示せ--政治家、言葉の重み必要
「僕は大阪が大好きで愛している。このままでは破滅です。消滅です。歴史を変えるのは皆さん方だ」。大阪府知事選最終日の1月26日。JR大阪駅前で、タレントで弁護士の橋下徹さん(38)の街頭演説を聴衆約2000人に交じって聞いた。橋下さんは選挙カーの上で、大きく腕を振りながら、激しく動き回って話す。政策も訴えず、具体的な内容はないのに、なぜか聴かせ、見せる。コンサート会場にいるような高揚感だけ残った。
自民府連推薦、公明府本部支持を受けた橋下さんは翌日の投開票で圧勝。「2万%出ない」と断言しながら出馬に転じたことをきっかけに、私は「橋下さんは、どういう人なのか」と疑問に思い、自分なりの答えを求めてきた。しかし、いまだに見えてこない。
核武装の容認など過去のテレビでの問題発言について聞かれると、「あれは話芸」とあっさり撤回した。選挙が始まると、笑顔と謙虚な言葉でやたらと好青年ぶりを振りまき、自公支持者の多い場所では直立不動で話した。一方で、若者が相手の演説では、「今までの候補は、じじいばっかり」と乱暴な言葉も使う。
テレビで鍛えられた橋下さんは、演技巧者だった。橋下陣営幹部は「いくら政策を語れと助言しても、『自分のスタイルでやる』と受け入れない。選挙だから謙虚さを装わせたが、実態は頑固な自信家だ」と明かした。それだけでなく、橋下さん自身が「自分の主張ではなく、来てくれた人が聞きたい話をするのが政治家だ」と、胸を張ることに違和感を覚えた。政治家の基本は「主張」のはずで、橋下さんは奇妙だった。
私は1年半前に大阪に赴任するまで、政治部で安倍晋三前首相や自民党の野中広務元幹事長らを担当した。タカ派とハト派の違いはあれ、2人とも自分の主張を大切にし、論戦で勝負した。野中氏は政界を引退して5年。今は82歳だが、地方や弱者を痛めつけた小泉改革への批判を続け、自らの主張を貫いている。
知事選終盤、「政治家は具体的な主張をすべきでは」と質問してみたが、返ってきたのは「短い時間で具体的に話しても、聴衆の頭に残らない。一度試されたらいかがか」という言葉でしかなかった。テレビでは瞬間的に視聴者を楽しませるだけでいい場合もあるだろうが、選挙演説を同様に考えているようだった。
橋下さんはパフォーマンス型という点で、小泉純一郎元首相と似ている。しかし、小泉元首相には郵政民営化や構造改革など、「小さな政府」路線に基づく信念があった。橋下さんからは、10年、20年先の大阪を見据えたビジョンは出てこない。橋下さんは、05年の郵政選挙の刺客騒動などドラマ性のある「劇場型」選挙というより、メッセージ性の薄い「ワイドショー型」選挙を展開した。
自公は、次期衆院選への影響もあって、昨年11月の大阪市長選からの民主に対する連敗を阻止するため、橋下さんの知名度になりふり構わず頼った。選挙中、自民党国会議員から「勝てばいいんだ」という声を何回も聞いた。実際は全面支援しながら、表に出ない「政党隠し」も徹底し、橋下さんが正体を見せない「キャラ隠し」との二重偽装で、当選至上主義に徹した。
狙い通り、橋下さんは大勝した。府民は何を期待したのか。大阪市に住む男子の大学4年生(22)は「良くなるか悪くなるか分からないが、停滞する大阪を一番変えてくれそう」と1票を投じた。リスクは高くても、若さとエネルギーに賭けたのだ。「万馬券を狙わないと、借金5兆円などは立て直せない」という声まであった。
そして、当選直後に「前言撤回はもうしない」と言った橋下さんが、6日の知事就任を前に早くも公約の撤回を始めている。毎年2300億円の府債発行(借金)を認めない方針だったが、08年度予算が組めない現実が明らかになり、容認へと急転換した。府債の一部は地方交付税が充当されると知ったことなどがあるが、あまりに軽い公約転換と報道陣は指摘した。すると、「あらゆることを知らないと発言できないなら、今までの行政と変わりがない」と、勉強不足を棚に上げて反論する。では、政治家の言葉の重みとは何か。
いつまで、「話芸」でいくつもりか。現実的な政策を打ち出し、そこに自らの評価をかけるのは当然のことだ。生活を何とかよくしてほしいと1票を投じた府民の姿は、橋下さんの胸の中にはあるのだろうか。それを思わずして、何のために知事を目指したのか。
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毎日新聞 2008年2月6日 東京朝刊