今、平和を語る

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今、平和を語る:小説家、劇作家 井上ひさしさん

 ◇「9条を守れ」から「半歩でも前に」へ

 ご存じの井上ひさしさん(73)は、言葉にこだわり、庶民の視点から戦争と原爆を厳しく問うてきた。「九条の会」の呼びかけ人でもある井上さんに、平成の世も20年を迎えた今、私たちへのメッセージをお願いした。<聞き手・広岩近広>

 ◇「無防備地域宣言」の条例制定運動を言葉の意味や表現が擦り切れている、ヒロシマ、ナガサキを伝えなければ

 ◇ソフトで日本は世界の役に立てる

 --まずは、今年の課題ないし目標から。

 井上 これまで「9条を守れ、憲法を守れ」と声をあげ、「戦争をしない、交戦権は使わない」といった否定路線を守ってきた。そこで痛感したのは、100%守っても現状維持なのですね。守れ、守れというだけでは先に進まない。だから今年は「する」に重きを置きたい。一歩でも半歩でも前に進む、そのように我々の意識を変えていきたい。

 --「守れ」から「する」への転換ですね。具体的には。

 井上 たとえば、ジュネーブ諸条約に基づく「無防備地域宣言」の条例制定運動です。無防備地域の考え方は憲法9条の非武装平和主義にうながされてできました。動く武器、つまり兵隊がいない、固定された軍事基地は封印する、市民に戦う意思がないなどの条件を満たす「無防備地域」であることを宣言した場合、国際条約によって攻撃を禁止しています。こうした平和地域を日本全国のあちこちに誕生させたいのです。

 --「無防備地域宣言」は有権者の50分の1の署名を集めて自治体に条例の制定を直接請求すればよく、これまでに大阪市など全国で約20の市町村で直接請求が行われました。しかし、すべての議会で否決されています。

 井上 強調したいのは、これは国際条約で、日本政府も2005年3月に批准している。憲法98条の2項には、こう明記されています。「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守(じゅんしゅ)することを必要とする」。だから、国際条約は国民の名誉にかけて守るといった気概を見せて、国際的に認められた特別の平和地域をつくれるように、そのことに理解と共感を示す議員や市長を選んでいきたい。

 --政府と自治体は一線を画す、ということですか。

 井上 そうです。権力と我々の主権とを分けることが実は大事なのです。戦争を起こす主体は常に政府で、決して国民ではありません。そんな政府に、主権者の国民が絶えず批判を加えていくのが国民主権の基本的枠組みです。ところが国家と国民は一体という幻想があって、国が何かやるとき国民は協力しなければならないんだと考えてしまう。しかし、昨年夏の参院選では、時の政府・為政者と国民は別なのだと示したと思います。「美しい国」はうさん臭いと分かった。

 --言葉の偽装をはぎ取らなければいけません。

 井上 言葉が本来もっているいろいろな意味や豊かな表現が擦り切れて、使っているうちに<つるつる言葉>になっているんですね。あるいはもともとないのに誰かが<つるつる言葉>をつくり出して、人を動かす。民営化とか経済成長とか国際貢献とかは<つるつる言葉>です。こうした<つるつる言葉>を政府が持ち出してきたり、力のある人が言い出したときは、その下にどんな意味がぶら下がっているか、よく検討しなければいけません。

 --戦争や平和も<つるつる言葉>でしょうか。

 井上 残念ながら、そうなってしまいました。戦争には正しい戦争はない、戦争を言い出した人は生き残るけど、それに動員された国民は命と財産を投げ出さねばならない。それが戦争なのですが、戦争という言葉もつるつるになったので、戦争反対といっても<つるつる言葉>に反対しているだけで、気合が入らない。平和だって同じです。昨日の生活が今日そして明日へと少しずつ良くなりながら続いていくという保証が、平和の本来の意味だと思います。自分たちが生きるための最重要な道具である言葉の手入れをすべきときですね。言葉に力を宿らせ、言葉を鍛え直したい。

 --さて原爆ですが、被爆した父娘が主人公の「父と暮せば」の舞台の前口上で、井上さんは「おそらく私の一生は、ヒロシマとナガサキを書きおえたときに終わるだろう」とおっしゃっています。新たな作品は。

 井上 ナガサキを書こうと思って、長崎言葉の辞書を作っているところです。標準語でひくと、長崎弁の出てくる辞書がないのでね。長崎に1カ月くらい住んで、喫茶店や大勢の人が出入りしている所で、じっと音を聞いていると、自然にお話が生まれます。

 --最大のテーマですね。

 井上 被爆体験は日本人の体験から人類の体験になってきています。広島と長崎の被爆者の貴重な証言活動の成果です。核兵器を使ったら人類は生き延びることができないのだと、あの2個の原子爆弾は警告した。だから人間の存在全体に落とされたのだと思います。私たち日本人は、あのとんでもない爆弾の正体を世界に伝えていく使命があります。核保有国で「父と暮せば」を上演しようと思っています。ロシアとフランスとイギリスではすでに上演していますが。

 --日本らしい国際貢献とは。

 井上 アメリカの尻について、アメリカの加勢をするのが国際貢献ではありません。自分たちが持っている一番得意なもの、つまり日本の場合はソフトで、すでに多くの分野で世界に貢献しています。例えば医学で世界の人たちのお役に立ったらどうでしょうか。

 世界最良の日本の病院で診てもらったらあきらめがつく。ノーベル医学賞は1年おきに日本人がもらう。がんの特効薬を日本が考える。などなどによって、世界中の医師が日本語でカルテを書くようになる。そうするとプーチンさんやブッシュさんから世界の金持ちまでが日本で治してもらいたいと、こぞってやって来る。こうなると自動的に「人質」となる。国際機関だって、みんな日本に集まる。そんな日本を攻撃できない、したらいけない、ということになる。

 ね、日本は生きる道があるでしょう。(専門編集委員)

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 毎月最終月曜日の夕刊に掲載。次回は2月25日の予定です。

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 ◇「読ん得」へご意見、ご感想を

 osaka.yukan@mbx.mainichi.co.jp ファクス06・6346・8106

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 ■人物略歴

 ◇いのうえ・ひさし

 1934年、山形県生まれ。上智大文学部卒。浅草フランス座文芸部を経て放送作家に。72年に「手鎖心中」で直木賞受賞、03年に戯曲「太鼓たたいて笛ふいて」などの劇作活動で毎日芸術賞受賞。04年に文化功労者。戯曲、小説、エッセーなどに幅広く活動し、03年から4年間、日本ペンクラブ会長を務める。劇団「こまつ座」代表。

毎日新聞 2008年2月4日 大阪夕刊

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