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産科医不足を“実体験”した時
長野県内で進む産科医不足
2008.1.28
産科医不足の問題を抱えている長野県の飯田市立病院を舛添要一厚生労働相が視察する2週間前、筆者も同じ病院を訪れていた。長野県出身の妻の里帰り出産を申し込むためだった。しかし病院職員から、来年度から里帰り出産を原則中止にすると告げられ、医師不足を実体験する羽目になった。県内の別の医療圏では、国立病院機構の1病院が今年8月以降、分娩を休止する可能性も出てきている。
里帰り出産の中止にとどまらず、さらに悪化して地域住民が地元で出産できない事態を避けるためにも、産科医不足への早急な対策が求められている。
妻の実家がある長野県南部の「飯伊医療圏」(15市町村・人口17万人)は、香川県とほぼ同じ面積に集落が点在している山間地だ。この広大な医療圏で分娩を扱っている医療機関は市立病院と2つの診療所だけ。一番遠い村からだと病院まで車で1時間以上かかり、現在でも地元住民は出産に不安を抱えている。
ちょうど正月休みで埼玉県から妻の実家に帰省していた時のことだった。妻は5月に出産を控えている。市立病院に話を聞きに行くと、経営企画課の職員は申し訳なさそうに、里帰り出産中止に至る医療圏の医師不足事情を話してくれた。
飯伊医療圏では2006年度、約1600件の出産を扱った。市立病院には常勤の産婦人科医が5人いるが、うち1人の後期研修医が4月から外科に移ることになった。4月以降は市立病院の産婦人科医4人と診療所の医師2人の計6人で医療圏の分娩を担っていく。
◎ 里帰り出産を原則断念
このため飯田市は来年度から、医療圏の出産件数を年間計1300件程度に抑え、年間300件程度あった里帰り出産とほかの医療圏に住む住民の出産を、原則断らざるをえなくなった。市は産婦人科医師が増員できるまでの間の措置としているが、増員のめどは立っていない。
市立病院は救命救急センターの指定も受けており、ほかの医療機関で扱えない切迫早産などリスクの高い分娩を24時間体制で対応する。4月から産婦人科医4人が毎月計80人の分娩を扱っていく。このうち、60人が正常分娩、残りの20人はリスクの高い分娩を想定している。限られた医師数で夜勤もあり、訴訟に発展しやすい分娩も扱う厳しい環境だ。
産科医不足の背景は複合的な問題が重なりあっていると市立病院の職員は説明する。大学医学部の医師派遣機能の低下や、夜勤など病院勤務医の過重労働、医療紛争の増加。さらにこの地域は過疎山村のため診療所で後継ぎがいない。このため高齢化した産婦人科医は分娩を取りやめ妊婦検診のみを扱っている。そのしわ寄せが市立病院にくる。
また自治体病院のため医師も公務員で給与が定められており、お金をはずむから病院に来てくれということは言えないという。
政府・与党は昨年5月に「緊急医師確保対策」をまとめたことを受け、厚生労働省が08年度予算案の目玉に医師確保対策を掲げ、07年度予算から倍増となる161億円を計上した。次期診療報酬改定でも勤務医の負担軽減が主な目的とされ、本体部分が0.38%増と8年ぶりのプラス改定になった。
国の対応について、職員は「今後に期待したいけれど、遅きに失した感もある」と漏らす。県の東北部に位置する「上小医療圏」では、リスクの高い分娩も扱う国立病院機構長野病院(上田市)が7月いっぱいで常勤の産婦人科医全員が派遣元の大学に引き上げる。このため8月以降、分娩を休止する可能性も出ている。同病院で担っていた年間400〜500人のお産は地域外で探すことになりそうだ。
◎ 負の連鎖防ぐ対策を
市立病院の視察の後、舛添厚労相は医師不足対策をめぐり地元首長や医療関係者などと対話集会を開いた。産科医など深刻な医師不足の窮状を訴える声を受け、22日には産婦人科医の実態調査を行うと表明した。来年度予算案で国も本腰を入れて対策に乗り出すが、市立病院のように医療崩壊に一歩足を踏み入れている病院が全国各地に存在する。里帰り出産の中止ばかりか、地域住民でさえもが地元で出産できない最悪の事態へと、負の連鎖が広がるのを防ぐ対策が急がれる。(海老沢 岳)
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