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2008年01月24日(木曜日)付

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市場の波乱―米国経済に暗雲広がる

 世界の経済を引っ張ってきた米国の景気の行く手に、不気味な暗雲が立ちはだかっている。米連邦準備制度理事会(FRB)は臨時の会合を開き、政策金利を0.75%幅引き下げた。

 それでも、株価の動揺は収まらない。ブッシュ大統領が先週末発表した減税を柱にした16兆円規模の景気対策も、今回の利下げも、市場からは不十分にみえる。もう次の対策を催促している。

 昨年夏のサブプライムローン(低所得者向け住宅融資)の焦げつきから始まった波乱は、住宅バブルの本格的な崩壊、さらには銀行部門を中心とする資本不足へと拡大してきた。

 大手銀行は、産油国などの政府系ファンドに出資をあおぐ事態になった。少し前まで、政府系ファンドは「実態が不透明」と警戒されていたが、そんなことは言っていられない。

 住宅価格の下落がここで止まれば、景気停滞は短期間ですむ。だが、さらに大幅に下落するなら本格的な金融危機へ発展し、世界経済への影響も深刻なものになるだろう。その危険は大きい。

 発表された所得税の減税案は1回限りの「戻し税」である。効果は限定的だ。

 危機を防ぐため、さらなる利下げに加えて、銀行部門へ公的資金を注入する荒療治が必要になってくる可能性も少なくない。それは日本が90年代に経験してきたことでもある。

 振り返ってみれば、日本でのバブル崩壊後の政策やデフレの経験から、米国は誤った教訓を引き出し、自らの政策に適用してしまったのではないか。

 米国では、IT(情報技術)株価バブルが2000年にピークをつけ、急速に崩壊する。そこで財政・金融政策を繰り出し、超低金利の状態を作り出した。

 日本の物価上昇率がマイナスになったことが長期不況につながったとみたFRBは、少しでもデフレになってはいけないと、超低金利を長期間続けた。それが住宅バブルを大きく膨らませた。

 住宅価格の上昇は、景気の牽引車(けんいんしゃ)である個人消費を活発にさせる。米国経済は再び力強く成長し続けるかにみえたが、それは幻想だったのだ。

 今回の事態は、経済の「ゆがみ」を別の「ゆがみ」で打ち消すことの不健全さを示している。当時FRB議長だったグリーンスパン氏というカリスマに経済運営を頼る風潮もバブル的だった。

 しかし、それを「対岸の火事」と笑うわけにはいかない。米国のバブルは米国向け輸出を活発にさせ、近年の世界的な高成長を先導してきた。日本もその受益者だ。米国の暗雲は世界へ及ぶと覚悟する必要があるだろう。

 金融危機を避けつつ、ゆがみの小さい経済にどう軟着陸させるか。世界中の金融当局者が直面している難題である。

 米国によるイラク戦争の失敗と、米国を中心とするマネー経済の変調。覇権国の揺らぎに備えねばならない。

温暖化と援助―途上国の未来を支えよう

 地球温暖化が進むと海面が上昇する。干ばつや洪水が頻発する。人や経済、自然への被害を最小限に食い止めなければならないが、先進国はともかく、貧しい途上国にそんな余裕はあるはずがない。

 気候変動が生む新たな格差である。ノーベル平和賞受賞者のデズモンド・ツツ氏(南アフリカ)は、国連開発計画(UNDP)報告書の中で「世界には(温暖化への)『適応力のアパルトヘイト』がつくり出されている」と指摘する。

 「適応」とは、温暖化による気候変動が起きた場合の生き残り戦略だ。温室効果ガスの排出をいかに減らすかという努力は大事だが、こちらの方の取り組みにも力を入れていかねばならない。

 国連の推計だと、一日を2ドル以下で暮らす26億人が温暖化のせいで貧困から脱出する機会を失いかねない。途上国での適応支援を急ぐ必要がある。

 予想される途上国の被害は想像を絶する規模だ。干ばつなどで農業が打撃を受ける。サハラ以南のアフリカでは農業生産力が60年には26%減になるとの予測がある。降雨の変化で80年には、新たに18億人が水問題に直面するといわれる。

 温室効果ガスを出してきたのは主として先進諸国だ。途上国の多くは温暖化に責任がないのに、むしろ悪影響が集中する。日本も含む先進諸国は、南北問題を何とかしようと巨額の開発援助を注ぎ込んできたが、温暖化が進めばその成果は吹き飛んでしまう。

 途上国に必要な適応策は、場所によってさまざまだ。海沿い、川べりでは高潮や洪水を防ぐ堤防をつくる。干ばつが心配な地域では、かんがい施設を整備し、食料確保のための新しい農業を広める。感染症への対策や野生生物の絶滅を防ぐ手立ても欠かせない。

 昨年末、バリ島で開かれた気候変動枠組み条約の締約国会議は、こうしたことを手助けするための「適応基金」の運営方法に合意した。先進国が途上国の温室効果ガス排出削減事業に投資した見返りに排出枠を得る制度を利用し、その枠の2%分を基金に回す仕組みだ。

 30年には、年間1億〜50億ドルが基金に積み上がると予想されている。だが、UNDPは、途上国での被害軽減には15年までに毎年最低860億ドルが必要と見積もる。基金構想だけではとても間に合わないのだ。

 経済のグローバル化で世界中をめぐっている投資マネーから原資を捻出(ねんしゅつ)するなど、思い切った措置が求められる。

 福田首相は施政方針演説で、適応のための国際的な「資金メカニズム」の必要性を訴えた。洞爺湖サミットの議長国として、この問題で指導性を発揮し、具体策づくりを急ぐべきだ。

 まず、日本の援助戦略の見直しが必要だろう。減り続ける政府の途上国援助を全体として増やすことに加え、適応支援に特別枠を設けて思い切った目標額を示す。日本の決意を行動で示したい。

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