ここ数か月、街中の気になる光景の一つに、“一風変わった子供の物乞い”の姿がある。
大連駅周辺をはじめとした、出稼ぎ労働者も目にする人通りの多い場所などに、その姿は紛れ込んでいる。 通り過ぎる人たちは皆一瞬立ち止まり、そんな子供らが目の前に広げる紙やコンクリートに視線を投げる。 そこに書かれていることは……。 「私は○歳の学生です。○年前、○○街から知らない人に連れてこられました。8元あればバスに乗って家に帰れます。どうか私を助けて下さい」 「私は○歳の少女です。家が貧しくて、ご飯が食べられません。8元あれば、パンとジュースが買えます。私に8元を恵んでください」 書かれている内容はどれも、“自分を取り巻く貧困さ”を綴った言葉だ。 だが身なりも血色も、それほど悪くない。そのうえ、体の寸法とは異なる少し大きめの、着古したダウンジャケットを身に付けている子供も見たことがある。 そんな体験を周囲の人たちに告げたところ、 「それは、“8元詐欺”の子ですね。最近、すごく増えています」 という返事が返ってきた。 路上でしゃがみこむ8元詐欺の子供(撮影:長島美津子) また、「詐欺団の子供だったら、“カモになるかもしれない”と、仲間に尾行される可能性があります」とまで注意を促された。 ◇ 見知らぬ街を訪れると、自分が住んでいた場所や、観光などで訪れたことのある国や街の記憶と比較して、物事を捉えてしまう経験は誰しもあるだろう。 大連で生活を始めた頃、ホームレスの数が多いと感じた。だが、他の国とは明らかに違うと感じたのは、彼らの風貌だった。 大人も、そして中学生にも満たないようにも見える、幼げな表情を見せる子供たちでも共に、身体に障害を抱えている人が多い。奇形の者もいる。 だが何度か、そんな光景を目にするうちに気になり始めたのは、“彼らは一体、どこからやってくるのだろう”ということだった。 韓国に旅行した時、乗っていた地下鉄車両の中で、底にローラーを取り付けた板の上に乗り、移動しながらお金を乞う青年の姿を見た時も驚いた。その方は、「銃の暴発事故で、両足を失いました」と書いてある紙を、自ら配っていた。 だが大連で見かける彼らは、冷たいコンクリートの上に直接、座っている。両手両足がない子供もいる。そして、その多くが言葉を話せない。 誰の目にも、“自力で移動できる距離は限られているだろう”と思える体であるにも関わらず、その姿は日中から夜にかけてしか確認することが出来ない。 深夜0時頃から早朝5時までの時間帯は忽然と、街中から姿を消しているのだ。 1km程離れた場所で、同じ顔を見たこともある。更に、寒さが厳しくなり出すと途端に、出没数も減る。 姿をよく目にする場所の辺りで、通りすがる人たちにたずねてみたが皆、口々に言う。 「気にしなくていいです」 「お金をあげたらダメです」 「少し離れた所に監視役がいるから、カメラを向けるのは危険です」 低所得者を嫌悪し、蔑視する傾向も一部の層には存在する。 また、“貧しさに嫌気がさし、富を憎む”という“憎富厭貧主義”と呼ばれる思想の人たちもいる、と聞いたことがある。 だが、そんなホームレスに対する印象は、“思想の違い”という言葉だけでは片付けられない気がした。 顔見知りだった公安の方に聞いてみたところ、「関わらないほうがいい」と諭された。 数日後、携帯電話に見知らぬナンバーからの着信があった。電話の主は流暢な日本語で、 「一昔前、田舎の貧しい家庭に生まれた子供は、詐欺団に売られることもあったそうです。詐欺団は、買い取った子どもたちが幼いうちに腕や足を切断し、一定年齢に達するまで我が子同然に家族として過ごし、大人になったら物乞いとして働かせていたようです」 と語った。だが電話は、それで切れた。 翌日その番号にかけてみたが、既に、「番号は存在しない」という音声が流れた。 再度、公安の方に、「昨日の電話に関係しているのではないですか?」と聞いてみたが、「私には、なんのことか分からない」と言い張るばかり。彼には日本語の知識はない。 その後、街中で同様のホームレスの姿を目にする度に周辺を観察してみたところ、必ずといっていいほど共通する光景に気付いた。 彼らの半径5m以内には、茣蓙(ござ)が敷かれたリヤカーが置かれていること。そして、近くにはバイク隊が列を成していること。 街で客待ち中のバイク隊。彼らと8元詐欺団と関係しているのか?(撮影:長島美津子) バイク隊と詐欺団の関係性はないのか? 疑いを持った。 そしてもう一度、公安の方に聞いてみたが案の上、「関わらないほうがいい」と強調すると同時に、「けっして、彼らの写真も撮らないほうがいい」とも付け加えた。 私に調べられるのは、ここまでだと判断した。疑問が解消されぬまま、約1年が経過した。 ◇ この数か月、街中で目に付きはじめた“子供の8元乞い”の姿。そして、ここでも聞こえてきた“詐欺団”の存在……。 8元を乞う子供たちの体に異変は感じられず、また、言葉を話すこともできる。 一部の人々から聞こえてきたとおり、“8元詐欺”の背景には何らかの組織が関わっているのか。それとも、悪知恵の働いた子供たちが自ら行っているのか、真偽は定かではない。 「一昔前の社会に存在した」という、貧しい家庭に生まれた子供を売買する闇が、今の時代も尚、存在しているのかどうか。そして、バイク隊と詐欺団の関係性はないのか。 記事で紹介した公安の方は、「他の街に転居したらしい」と耳にした頃、私が偶然のタイミングで携帯電話と共にSIMカードを買い替えた。今はもう、連絡を取ることはできない。 あらゆる疑問は残ったままだが、ここから先を追うこともできない。 顔見知りで、互いの呼称しか知らない関係だったが、彼は確かに、こう言った。 「関わらないほうがいい。けっして、“彼ら”の写真も撮らないほうがいい」 |