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芥川賞 激論の末、”逆転勝利” 選考委員講評

2008年01月19日12時22分

 第138回芥川賞・直木賞は、芥川賞が川上未映子さん(31)の「乳(ちち)と卵(らん)」、直木賞が桜庭一樹さん(36)の『私の男』に決まった。芥川賞選考会では、中国人で初の候補になった楊逸(ヤン・イー)さん(43)が当初、トップに立っていたが、激論の末に、川上さんが“逆転勝利”を果たした。

 選考会では通常、まず選考委員による投票の後、議論を経て決選投票し、受賞作が決まる。芥川賞選考委員の池澤夏樹さんによると、初回の投票では楊さんが多数の支持を集めたが、決選投票では過半数に届かなかったという。

 「楊さんは、生きるひたむきさなど今の日本語文学にない素材を中国から持ってきてくれた。話がドラマチックで、勢いも相当なもの。だが、この日本語は芥川賞の文学レベルに届いているか? 激烈な議論を交わし、個々の内部でも評価が揺れた末に、授賞を見送ることになった」

 越境文学者として米国出身の詩人アーサー・ビナード氏を挙げ、「あれだけの日本語が書ける詩人に比べたら、楊さんは未(いま)だし。だが日本語は修練できる」と将来への期待を語った。

 一方、川上さんは決選で票を伸ばした。「文体が滑らかで、かつ抑制が利いている。壊れた関係の母子が東京に来てカタルシスに至るまでが上手に構築されている」と高く評価された。

 他に3作が議論になった。津村さんは「踏み切れない男女関係を描き、読み終わってなるほどと思わせるが、それ以上に何も伝わってこない」と評され、西村さんは、「偽悪的、露悪的なしょうもない男を描く点で、前作と変わっていない」と退けられた。

 山崎さんは「若い世代のぬるくてはっきりしない関係、どこにも行き着かない感覚を描いたことは評価できるが、狭い世界から先に出て行かない」と評された。

    ◇

 直木賞は、芥川賞とは対照的に、文章の巧拙より作品の勢いが重視された。北方謙三さんが講評。最初の投票で桜庭さん、佐々木さん、黒川さんに絞られた。佐々木さんと黒川さんは警察小説で「相打ち」となり、小差で候補者中、最も若い桜庭さんに決まった。

 「父娘」の禁断の愛を描いた受賞作について「反道徳的・反社会的で不快という見方もあった。批判は出るだろうが、覚悟して出した。人間存在の毒と蜜を書いたファンタジー的作品、存在感と才能を感じる」と評価した。

 直木賞でよく話題になる人間が描けているかという点については黒川さんが、風景描写は馳さんの方が巧みとも指摘。その上で、「受賞作は、いろいろ言ってもしょうがない、で終始する不思議な作品。我々は大きなばくちを打ったのかもしれない」と期待と不安が語られた。

 また、佐々木作品は「重厚だがミステリー仕立てにする必然性がないのでは」。黒川作品は「よくできているが面白いだけとの意見があった。私見だが、リアリティーがあり警察とは何かが実によく表現されていた」。「両作は新しいものが不足している。ただ、どちらか一作が候補だったら……」と述べた。

 井上さんは「うまいが深みが足りない」、古処さんは「戦争と収容所にこだわりすぎ」、短編集で暗黒小説から新しい作風を築いた馳さんは「通底したテーマがなかった」と評された。

【芥川賞候補作】

川上未映子「乳(ちち)と卵(らん)」

田中慎弥「切れた鎖」

津村記久子「カソウスキの行方」

中山智幸「空で歌う」

西村賢太「小銭をかぞえる」

山崎ナオコーラ「カツラ美容室別室」

楊逸「ワンちゃん」

【直木賞候補作】

井上荒野「ベーコン」

黒川博行「悪果」

古処誠二「敵影」

桜庭一樹「私の男」

佐々木譲「警官の血」

馳星周「約束の地で」

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