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原爆症の審査基準「原因確率」廃止し認定拡大へ 厚労省

2008年01月18日

 原爆症認定基準の見直し問題で、厚生労働省は17日、爆心地からの距離など一定条件を満たせば積極的に原爆症と認定する新たな審査方針を与党プロジェクトチーム(PT、河村建夫座長)に示し、了承された。現行の審査の柱である「原因確率」は審査には利用しない。新基準は昨年12月に与党PTがまとめた案に沿う内容で、被爆者側は「裁判の全面解決の第一歩となる」と評価。見直し議論は一応決着し、新基準は今春から運用される予定だ。

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写真厚労省が新基準を提示したのを受け記者会見する被団協の田中熙巳事務局長(右端)ら=17日午後、同省で

 見直しをめぐっては、厚労省検討会と与党PTがそれぞれ案をまとめていた。厚労省は当初、爆心地からの距離をもとに被爆者が浴びた放射線量を算定、発病への影響をはじく「原因確率」を維持した検討会案を重視していたが、被爆者側が強く反発したことや、集団訴訟を早期に解決したい与党の思惑を踏まえ、被爆者側が望んだ与党案をより多く取り入れた。

 新基準では、(1)爆心地から約3.5キロ以内で直接被爆(2)原爆投下から約100時間以内に爆心地付近に入市(3)100時間を多少過ぎた後でも1週間程度滞在――のいずれかの条件を満たした被爆者が、がんや白血病、副甲状腺機能高進症、放射線白内障、心筋梗塞(こうそく)の5種類の疾病を発症した場合、審査会でほぼ自動的に原爆症と認定する。ほかの病気など、条件にあてはまらない場合も、個別に審査し、被爆直後の急性症状やこれまでの病歴などから総合判断する。

 原因確率は、審査会にかける以前の事務レベルだけで使い、審査会では用いない。原因確率10%以上は審査会を省略、認定の迅速化を図る。

 また厚労省は基本方針として、「被爆者の高齢化や放射線の影響が個人ごとに異なることなどを考慮、これまでの原因確率による審査を全面的に改め、迅速かつ積極的に認定を行う」とした。

 与党PTは、新基準によって集団訴訟で勝訴した原告の大半は救われるとの見通しを示した。河村座長は、新基準の運用が始まれば、国と原告側に和解を呼びかけていきたいとの考えを示した。

 被爆者健康手帳を持つのは約25万人。原爆症と認定され、月約14万円の医療特別手当を受けるのは1%未満の約2200人。厚労省は新基準で、年間認定数は現行の約10倍の約1800人になると見込む。

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 《日本原水爆被害者団体協議会(被団協)の田中熙巳(てるみ)事務局長の話》 厚労省が迅速かつ積極的に認定を行うとしていることは評価できるが、(自動的な認定からはずれた被爆者を)個別審査でどう救うか具体的に明示されず、集団訴訟の解決について言及がないことに不満が残る。今後も、(審査が簡略化されない)5疾病以外の患者らも含めて原告全員が救われるように運動を進めていく。

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 「実態は被爆者の切り捨て」と批判されてきた原爆症認定基準の見直しに厚生労働省がようやく重い腰を上げた。厚労省が17日に示した新基準は、被爆者の批判の的だった現行基準の指標「原因確率」を事実上廃止し、従来より幅広く認定する内容で、被爆者からは歓迎の声が上がった。ただ、国は各地で継続中の訴訟への態度を明らかにしていない。新基準で審査を省略して認定される五つの疾病以外の病気に苦しむ訴訟の原告らは「本当に救済されるのか」との不安をぬぐえないでいる。

 厚労省が与党プロジェクトチーム(PT)に新基準を説明した後、記者会見した被爆者らは、「原因確率」が事実上廃止される見通しになったことを歓迎した。

 全国15地裁、6高裁で争われている集団訴訟の宮原哲朗・全国弁護団事務局長は「(原因確率は)事実上機能を失った。大変歓迎している」と喜びをあらわにした。

 03年4月の集団訴訟の開始から約5年。原告は全国に約300人いる。だが、厚労省は訴訟への対応については言及しなかった。山本英典・東京訴訟原告団長は「裁判について触れられていないのが大変不安」と語った上で、「本当にこの案で救われるのか。国には明確な考え方を示してもらいたい」と求めた。

 広島訴訟の原告団副団長の玉本晴英さん(77)=広島市安佐南区=は「いい方向に向かっていて喜ぶべきことだが、認定されて初めて『闘いが終わった』と喜べるのではないか」と語った。

 爆心地から約2キロの工場内で被爆。家族を捜して爆心地に近づき、10日ほどたつと下痢や発熱に苦しんだ。

 今月11日には原告団代表の一人として舛添厚労相とも面会し、「善処する」という言葉に期待していた。認定訴訟で敗訴し続けても、原因確率に基づく認定に固執した厚労省を批判する世論が流れを変えたと思っている。新基準でならば認定されるとみられるが、安心はできない。「被爆者は高齢化して後のない人生の方が多い。新基準でも病気や距離によって線引きされることは続き、問題は残る」と語った。

 「がんになってからでは遅いのに」。広島訴訟の原告丹土美代子さん(75)=同市中区=は落胆した。患っているC型慢性肝炎が自動的に原爆症と認定される5疾病に該当せず、「個別審査による総合的判断」にゆだねられるためだ。

 高等女学校1年生だった13歳のとき、爆心地から1.2キロの自宅で被爆し、大やけどを負った。同級生の多くは爆心地近くでの建物疎開中に被爆し絶命した。

 肝がんの恐怖と闘いながら裁判に参加してきた。慢性的に体がだるく、日中でもベッドに横になっていることがほとんどだ。「厚労省案で少しは私たちの立場もよくなるかも知れない。でも、前に進んでいるのかまだわからない」

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