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わがまま読書 独断と偏見に満ちたこむずかしくない読書案内です。教科書からマンガまで。
『虐待の家』(佐藤万作子 2007年 中央公論新社)

 2003年11月、中学3年の少年が継母に食事を与えられずに体重わずか24キロとなって、餓死、衰弱死寸前に救出されたという事件はまだ記憶に新しい。この少年は4年経つ現在も健康状態を取り戻していないという。
 新聞にも大きく報道されたがそのとき、なぜ中学3年生にもなってそのような状態になるまで脱出できなかったのか、実の父親はどうしていたのか、きょうだいはどうしていたのか、学校の教師は長らく登校してこない生徒になんの手も打たなかったのか、釈然としない思いを抱いたが、テレビのワイドショーなどを見ることもないので、その家庭の実態もわからないままにいた。
 そこで、本書である。著者は加害者の母親と手紙の交換、拘置所での面会を通じて、事実を明らかにしながら、15歳の子どもを餓死寸前にまで追い込んだ母親の心のうちに迫った。
 少年の実父は二人の子の親権者となって少年が幼いときに離婚しているが、その後数年間は実家に養育を委ね、事件の加害者となった女性と内縁関係を結んでからは、彼女に子育てを任せている。思春期でもあり反抗期でもありかなり「やんちゃ」な性格であった少年とその弟また自分の実子つまり3人の年の近い男の子と粗暴な夫とのあいだで、「よき母親」になろうとしてがんばったひとりの女性の苦闘が浮かび上がってくる。そして彼女もまた幼児時代に養父や実母から精神的・身体的・性的虐待を受けていた。だからといって彼女の行動が正当化されるわけではもちろんないが。
 少年の弟は祖母宅に家出して後に実母に引き取られている。この少年も家出をするが自宅に戻り、手を焼いた父親が実母の家まで連れて行ったにもかかわらず少年はその玄関をくぐらずに父親と戻ってしまって、ついに瀕死の状態に陥ってしまう。なぜ少年は「虐待の家」に帰ってきてしまったのか。マインドコントロールされていたのだろうか。精神的に判断ができないほどに弱っていたのだろうか。そんな苦しみの満ちた家庭でも「ここしかない」と思わざるを得なかったのか。この事件の最大の謎である。
 少年がやせ細っていくのを何人もの大人が見ている。彼が排泄物を食べているのを実父は目撃している。それでも何にも感じなかったのだろうか。
 この女性はマザー・テレサを尊敬する真面目な性格であり、正義感に満ちた人であったらしい。「自分がこの子をよくしてやらなければ、きちんとしつけをしなければ」という思いにガンジガラメになっていたようだ。「もっとアバウトでいいんだよ」と言う人が傍にいたら、何とかなっただろうか……。
 いろいろ考えると暗くなる一方で、必ずしも『なぜ』が解けるわけでもないのだが、虐待する側の心に分け入った力のこもったドキュメント、やっぱり読んでおきたい。(巳)
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